第12話

 両側の壁は黒く、床は白い。

 そんな廊下を歩く。

 たどり着いたのは天井が高く、左右も奥も壁が見えないほどの大きな部屋。

 そこにジャンボジェット機がそのまま入りそうなほどの大きな水槽が置かれていた。中は水で満ちている。しかし、魚はいない。貝もいない。海老も、蟹も、蛸もいない。命がいない。

 あるのはパソコンのディスプレイだった。

 水中のディスプレイからは二本のコードが伸びており、水の中を揺れている。水流が生まれているということだろうか。

 水槽に触れる。

 瞬間的に手が離れた。

 驚くほど高熱だったのである。指先には痛みが残り、火傷一歩手前までいったことが分かった。

「マザーペックさん、いらっしゃいますか」

 私はあたりを見回す。

「マザーペックさん」

 私はエレベーターの方を見る。扉は閉まっている。誰もいない。光が満ちているのはここだけなので、ここにいなければ、このフロアにはいないということだろう。

「名前を教えなさい」

 声が聞こえる。

 しかし、耳から入ってくるわけではない。骨への振動。それが一番近い。

「これは、このクローズドシアターで行われている研究の成果ですか」

「いいえ。世界で行われているありふれた研究の成果です」

「不勉強で失礼しました」

 ディスプレイに電源が入る。画面の真ん中にドット絵のような赤いハートが浮かんでいる。しかし、それ以外の部分は黒いままだ。どことなく温かみがある。

「このハートが、あなたですか」

「そんなわけがないでしょう」

 少しばかり沈黙が流れる。

 私は水槽の中にディスプレイが鎮座しているとばかり思っていたが、そうではなかった。あのハートが水槽の中に鎮座するためにディスプレイという玉座が必要だったのだ。

「あなたが、マザーペックですか」

「他に誰がいますか」

「初めまして」

「えぇ、初めまして」

「あの、私はあなたと会話をしたくてこのクローズドシアターにやってきました」

「えぇ、知っています」

「幾つか話をしたいのですが、いいですか」

「どうぞ」

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