第9話

「どうも、初めまして。私はこのクローズドシアターで主任研究員を務めている者でして、名前は」

「あぁ、名前は別にいい。興味がない。主任と呼ばせてもらう。それでいいか」

「えぇ、構いません」

「さて、主任、こちらの映像を見てもらいたい」

 クローズドシアターのロビーにて。

 先輩が、神が飛び降り自殺をするまでの動画を見せている間。私はあたりを眺めていた。小学校の体育館ほどの広さの空間が、このクローズドシアターにあることに圧倒されていた。

 ロビーは中々に広く、シャンデリアと絵画、そして造花ではあるが美しい花が出迎えてくれる。完全に部外者が入ってくることを想定している。

 私と先輩と主任しかいないため、広い空間に物音や言葉のすべてが吸い込まれていく。どことなく孤独を感じさせる。

「こちらの映像に映っているのは、確かに神と名乗っていた日本光化学思想のトップであるハザマヨシテルで間違いないと思います」

「その通り。そして、自殺も事実だ」

「何が目的でこのようなことを」

「マザーペックに会わせて欲しい。このハザマヨシテルは明らかにクローズドシアターにとっての障害だった。しかし、俺とこの高校生で排除した。報酬をもらいに来た」

「そもそも、頼んだ覚えがないのですが」

「マザーペックと話をさせろ」

「頼んでいないことを勝手に遂行なさった上で、報酬と言うのはいささか疑問が残ります」

「残らない。マザーペックと話をさせろ」

「しかし、ですね」

「では、このことについてマザーペックに伝えるだけでいい」

「では、後ほど」

「今やれ」

 主任が笑顔のまま舌打ちをする。

 先輩は微笑むことなく舌打ちをする。

 ただでは帰らないところを見せなければ、状況は好転しない。無言のままの睨み合いは一分ほど続いた。

 時間の無駄である。さっさと結論を出して欲しいところだ。

 主任が、私を睨む。

 私は微笑んだ。

「率直に言わせていただきますと、お二人にはマザーペックへの強い執着のようなものを感じておりまして、会わせるべきではないと思っております」

「問題ない。会わせろ。会話をさせろ。対面させろ。同じ空気を吸わせろ」

「しかし、マザーペックは非常に忙しい身です。申し訳ありませんが、迷惑ですのでお引き取りください」

「会わせろ」

「警察を呼びますよ」

「呼べるわけがない」

「呼びます」

「ここは自由の国だろう」

「いいえ、研究施設です」

「自由な研究施設だ」

「それは事実です。場合によっては警察も必要ないほどの自由さが満ちております」

「分かっている。」

「分かっているなら、お引き取りをお願いいたします」

 私は立ち上がった。

 先輩と主任が沈黙し、私のことを見つめる。

「私はマザーペックに会ったことがありません。ですが、マザーペックの飼い犬に鼠を食べさせられたことがあります」

 主任が深く頷くようなしぐさをした。もしかしたら、何となく一度だけ首を下げただけだったのかもしれない。けれど、その前後でどことなく表情が変わったような気がした。

「そうですか。まあ、本当だと信じましょう」

 主任が両手で顔に触り、鼻と両耳を取り外した。

 非常に精巧に作られていたせいで全く気が付かなかった。取り外されたパーツを見てもまだそこに血が、神経が、心が通っているように思えてしまう。いや、仮に物であっても、当事者からしてみれば心が宿ることはあるかもしれない。

 さて。

 鼻のあったところは透明な皮膚になっており、内側には蠢く血と肉が見え、それを割くように二つの穴がある。そこから空気が通り、笛のような音が小さく聞こえてくる。

「これは、犬たちに嚙みちぎられたものです。犬たちはマザーペック以外には懐かないと聞いておりましたものですから、いささか驚いております。分かりました。確か、この時間は他の研究員たちは地下にいるはずですし。気づかれることはないでしょう」

 主任が鼻と耳を装着し、立ち上がる。

「ついてきてください」

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