第7話

 もしもし、もしもし。おはよう。

 久田です。あぁ、その分からないか。あの、前に雪の日に会ったよね。ほら、新潟にお母さんと旅行に来た時、初めて会って一緒にハンバーグを食べに行っただろう。覚えてないかな。

 一応、君のお母さんの親戚にあたる者です。美大で教授をしていて、ハンバーグの時につまらない絵画史の蘊蓄とか言ってたおじさんです。あの時は、ちょっと、冷めた雰囲気になっちゃってきつかったなあ。あはは。

 あぁ、謝らなくてもいいよ。別にそういう意味じゃないから、気にしないでね。

 どうかな、夏休みは、楽しいかい。

 うん、旅行というのは聞いたよ。凄いじゃないか、一人でなんて。いや、高校生だし普通かな。なんにせよ、ひと夏の経験というのは、大きく人を成長させるものだからね。ちゃんと楽しんで。

 あぁ、それとね。まぁ、こっちが本題なんだけど。

 その、ちょっと言い出しにくくて、色々、関係のない話ばかりしちゃってごめん。

 君のお父さんが、お母さんを殴ってね。

 うん。

 お母さん、死んじゃったんだ。

 昨日の深夜らしい。

 ショックだとは思うけど、君はなんとなく予想していたんじゃないのかな。きっと、そんなに戸惑ってはいないと思う。

 さっき、聞いたんだけどね。その、そんなに家族仲は良くなかったみたいだね。君が虐待を受けていたというのも、警察の人なのかな、ちょっと分からないけどとにかく教えてもらったよ。

 その、本当にすまなかった。

 気づいていなかった。と言えば嘘になる。あの女が夫として選んだ男だから、どうしようもない人間だろうとは思ってたけど、まさかここまでとはね。

 あぁ、ごめん。君のお母さんの悪口になってしまって、本当にすまない。

 で、親戚で相談したんだけどね。一度、君に帰ってきてもらいたいんだ。

 あぁ、そんなに急がなくても大丈夫だよ。明日にでもゆっくり帰ってくるといい。

 ただ、その。

 正直、僕としてはなんだけど。

 明後日でも、一週間後でもいいと思っているんだ。

 気持ちの整理がつかないとか理由なんて幾らでもつければいいと思う。もし、思いつけなかったら、僕が考えて親戚を説得するよ。大丈夫、いいんだよ。君が決めて。僕がサポートするから、安心してくれ。

 まぁ、その。なんで、こういうことを考えたかというとね。

 僕なりに想像をしてみたんだ。虐待されていたことが事実だとすると、この旅行が、君にとってはとても大切な休息なんじゃないかって。それをやめて直ぐに戻って来いというのは、とてつもない苦痛を君に味合わせることになるんじゃないかって。

 だから、いいんだよ。

 距離を取りたいなら、取っていいんだよ。

 あと、親戚の人たちには、僕が君を預かるって言ってある。もちろん、君の意思が最優先だから、君さえよければ僕が責任をもって、君を助ける。ご飯も作るよ。まだ下手だけど。三食作って、ちゃんと学校にも通えるようにする。お金はあるんだ。たぶん、どうにかなるはず、たぶん。

 もちろん、罪滅ぼしという面はあるよ。正直ね。

 でも、そんな僕が抱えている罪悪感も、君には、胸を張って逞しく利用して欲しいと願ってる。

 また、この番号に電話してほしい。あの、今から番号を言うね。あ、画面に出てるか。じゃあ、大丈夫だね。いや、一応、言っておこうか。大丈夫かな。えぇと、メモとかしなくてもいいか。履歴に残るしね。じゃあ、心配はないか。うん。

 あ、今の子は電話じゃないか、アプリとかだよね。はは、ごめんね、よく分からなくって。

 好きなタイミングで、好きなように帰っておいで。でも、ちょっと心配だから今日中に予定だけは教えてね。どうすればいいか自分でも分からないなら、相談の電話もしてくれると嬉しいな。

 うん、朝からごめんね。

 眠いよね。

 良い一日を。

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