第6話

 日差町に隣接する町は二つある。東西日向町と黍町である。

 私がこの日差町で夏休みを過ごす間は、母の実家に居候することになっている。場所は、東西日向町に近い辺天城跡地の西に位置する住宅街である。そのため、東西日向町へも観光に行きやすい。

 祖母か祖父に頼んで車を出してもらい、目的地に行くことも可能なのだが、午前五時二十分には家を出る必要があった。さすがに、朝早くから頼むのは気が引けたので先輩に車を出してもらっている。

「俺に依頼をすれば、なんでもすると思うな」

「運転役とカメラ役を引き受けて下さり、有難う御座います」

「今回だけだ」

「有難う御座います」

 先輩はため息をつくと、直ぐに前を見て車のエンジンをかけた。低くて、小さいまろやかな音とともに車が動き始める。この時に体へ伝わってくる丁寧な振動が好きだ。

「昨日の夜、俺の所属する研究所から電話があった」

「はい」

「解雇だそうだ」

「え」

「俺は無職だ」

「どうしてですか」

「おそらく、クローズドシアターが連絡をしたんだろう」

「でも、先輩はまだあそこの研究員に会ってすらいないじゃないですか」

「お前が一度クローズドシアターを訪れてから、ずっと監視されている可能性がある。俺はその近くにいるわけだから、同様に危険と判断されたのかもしれない」

「いやいや、先輩は関係ないですよ。ただの協力者ってだけですし」

「関係というものの定義は、その当事者以外が決定することが多い。クローズドシアターは、攻撃をしてくる可能性のある存在をすぐに排除したがる。過剰な反応だ」

「どうしてですか」

「おそらく、クローズドシアターに何かがあった」

「今は探られたらまずいものがあると」

「そう考えるべきだ。俺は良い大人だが、お前はまだ高校生であり、子どもだ。攻撃をするような年齢ではないと考えて、お咎めがなかったと考えれば筋が通る」

「でも、解雇は大きすぎると言いますか」

「俺もそう思う。つまり、クローズドシアターは思った以上に大きな問題を抱えているということだ」

「昨日、海に向かって歩いて行った男がいましたよね」

「そう。マザーペックを殺したとも言っていた。それがクローズドシアターの過剰な排除行動に繋がっていると考えればすべて筋が通る」

「本当にマザーペックの身に何かが起きたのかもしれませんね」

「そうなれば、クローズドシアターの権力も失墜するかもしれない。俺もスムーズに元いた研究所へ戻れるかもしれない」

「マザーペックが二度と研究のできない体になっていることに賭けましょう」

「だが、マザーペックは増殖するだろう」

「マザーペックはアメーバ的な存在なのですか」

「クローズドシアターからすれば、マザーペックが死んだとしても生きていることにしておきたいだろう。何せ、そのおかげで大学や企業、国から莫大な資金をもらっているからだ。マザーペックが元気に研究を続けている方が都合がいいということだ」

「なるほど」

「架空の研究員を作り上げて、皆でマザーペックと呼ぶ。もしくは誰か一人を選出し、その者にマザーペックを名乗らせる。他にも外部からマザーペック役を雇う可能性もあるだろう」

「ですが、そうなれば世間に発表されるマザーペックの論文のレベルが下がったことで、何か起きたと勘づかれてしまうのではないですか」

「マザーペックはそもそも二年に一度くらいしか研究の結果を発表しない。そして、非常に難解だ。中にはまともにその研究結果も理解できていないくせに、マザーペックが行った研究なのだから素晴らしいと叫ぶバカもいる。十年という長い期間ではさすがに難しいかもしれないが、五年や六年くらいなら雰囲気で騙せる」

「そんなことが可能なんですか」

「実力と才能を水増しするために社会が用意した機工が派閥と肩書だ」

「大人の世界ですね」

「お前はもう大人だ」

「はい」

「無知なままでいられないことを大人と言う」

「はい」

 景色が高速で流れていく。

 会話に向けていた集中が切れてくると、先輩の運転が随分と荒っぽいことが分かる。

「すみません。もっと丁寧に運転してくれませんか」

「無理だ」

「そのうち、誰か轢きますよ」

「今年に入って猫を二匹轢き殺している」

「そうですか」

「そのうち一匹は、自分の飼っていた猫だった」

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