俺と魔女との邂逅録 ～あとは野となれ山となれ～

第37話 それがオイラの流儀

　バロンの後について走りだした直後、俺達はガランディバルの異変（いへん）に気が付いた。

　路地（ろじ）や屋根（やね）の上を、真っ白な魔物（まもの）が縦横（じゅうおう）無尽（むじん）に駆（か）け回ってる。

　その姿はどれも歪（いびつ）で、今までに見たどんな魔物とも、似てない。

　唯一（ついいつ）の共通点（きょうつうてん）が、白い体表（たいひょう）をしている、と言うことくらいだ。

　犬のような足と鳥（とり）の頭が合体してたり、ヘビのような身体（からだ）なのに頭は牛だったり。

　まるで複数（ふくすう）の生物が合体（がったい）したような姿だ。

　これはあれか？　キメラっていう魔物（まもの）だったりするのかな？

　それにしては数が多いけど。

「なんなんだ、あの魔物は！？」

「見たことない魔物だな。それに、なんか変だと思わねぇか？」

「うん。普通の魔物と違（ちが）うよね。全部、白いし。それに、全部バラバラだよ」

「もしかして、白いドラゴンと何か関係があったりして」

「あのドラゴンの手下ってことか？　ってことは、ハヤトを狙（ねら）ってるってことになるだろ」

　朧（おぼろ）の言う通りだ。

　だけど、キメラたちは俺を狙（ねら）っているというよりは、無差別（むさべつ）に暴（あば）れ回ってるように見える。

「考えすぎか？　まぁ、今はとにかく、椿山（つばきやま）さん達と合流（ごうりゅう）しよう」

「お主（ぬし）らの連れは、この近くの避難壕（ひなんごう）に向かったようだ。我（われ）が案内（あんない）しよう」

「助かります！」

　近くでキメラの撃退（げきたい）に当たってたドワーフから報告（ほうこく）を受けたらしいバロン。

　そんな彼に、俺達はついていく。

　向かった先にあったのは、周囲（しゅうい）の建物（たてもの）より堅牢（けんろう）そうな造（つく）りの建物（たてもの）。

　その中に入った俺達は、すぐに椿山（つばきやま）さん達を見つけることができた。

「椿山（つばきやま）さん！　吉田（よしだ）さん！　無事（ぶじ）ですか？」

「茂木（もぎ）さん。はい、全員（ぜんいん）無事です。マリッサさんは……」

「大丈夫、寝てるだけです。それより、何が起きたんですか？　あの白い魔物はどこから？」

「私達も詳（くわ）しくは知りません。突然（とつぜん）現れたあの魔物達から、逃げるので必死だったので」

　そう言う吉田（よしだ）さんは、全身から汗（あせ）を噴（ふ）き出してる。よっぽど慌（あわ）ててたみたいだな。

　対する椿山（つばきやま）さんは、さすがと言うかなんというか、冷静（れいせい）に状況（じょうきょう）を分析（ぶんせき）していたらしい。

「ここがドワーフの街で助かったってところですね。若干（じゃっかん）押され気味ではありますが、ほとんど被害（ひがい）は出てないみたいです」

「戦（たたか）い慣（な）れてるってことですね。とはいえ、俺達もこうして隠（かく）れてるだけじゃダメか」

「我々（われわれ）としても、弾薬（だんやく）に余裕（よゆう）があれば、前線（ぜんせん）に出たいのですが」

「いや、この状況（じょうきょう）で銃（じゅう）を使えば、ドワーフ達を混乱（こんらん）させるかもしれないので、自衛隊（じえいたい）の皆さんはここの守備（しゅび）に徹（てっ）してもらった方が良いかと」

「私もそう思い、迎撃（げいげき）の準備（じゅんび）だけはすでに整っています」

　そう言われてみると、建物（たてもの）に侵入（しんにゅう）されそうな場所に数名（すうめい）ずつ、自衛隊員（じえいたいいん）が待機（たいき）してる。

　俺が言うまでも無かったな。

「そうなると、残りの仕事（しごと）は街（まち）に入った魔物（まもの）の掃討（そうとう）と―――」

「奴（やつ）らの侵入口（しんにゅうぐち）を潰（つぶ）す。それが重要（じゅうよう）だ」

　俺の言葉を引き継（つ）ぐように、バロンが俺達の会話（かいわ）に入ってきた。

「報告によれば、奴らはこのガランディバルの各地に空いた亀裂（きれつ）から入り込んだようだ」

　亀裂（きれつ）か。詳（くわ）しくは知らないけど、これだけ多く侵入（しんにゅう）されてるってことは、相応（そうおう）の数（が）あるんだろうな。

「ってことは、亀裂（きれつ）を塞（ふさ）がないとどんどん中に入って来ちゃうってこと！？」

「そうなる」

「亀裂（きれつ）を塞（ふさ）ぐって、オイラ達じゃ無理だよな？」

「いいや、そうでも無い」

　朧（おぼろ）の言葉をすぐに否定（ひてい）したバロンは、おもむろに小さな小瓶（こびん）を取り出した。

　中に入ってるのは、タネだろうか？

「それは？」

「これはドウクツハバミという植物（しょくぶつ）の種（たね）だ。名前の通り、暗（くら）い洞窟（どうくつ）に自生（じせい）する蔦状（つたじょう）の植物（しょくぶつ）で、近くを通る生き物を絡（から）めとり、自（みずか）らの養分（ようぶん）に変えてしまう」

「ひぇっ！？」

「これを亀裂（きれつ）の中に放り込めば、自（おの）ずと奴（やつ）らの侵入（しんにゅう）は止まるであろう」

「放（ほう）り込めばって、タネから蔦（つた）が育つまで、何年（なんねん）かかるんですか」

「心配するな。この地は地龍（ちりゅう）の巣。大地（だいち）に地の魔素（まそ）が充満（じゅうまん）している場所である。亀裂（きれつ）の中に落ちれば、その瞬間（しゅんかん）から一気に成長（せいちょう）を始めるであろう」

　ファンタジーな植物（しょくぶつ）だな。

　でもまぁ、そのおかげで何とかなりそうだから、文句（もんく）を言うのは止めておこう。

　使える物は使うべきだよな。

　それよりも、今一番問題なのは。

「亀裂（きれつ）の中に放り込む……」

「それが一番難（むずか）しそうだね……」

　俺と同じことを考えたのか、メイが深（ふか）く頷（うなず）きながら呟（つぶや）く。

　亀裂（きれつ）から奴らが入って来てるってことは、その付近（ふきん）に一番奴らが集まってるってことなわけで。

　近付（ちかづ）くのは簡単（かんたん）じゃないはずだ。

「奴らに見つからずに、奴らの一番群（むら）がってる場所に近づいて、タネを放り込む必要があるってことか……」

　おもむろに口を開いた朧（おぼろ）が、皆の中心に躍（おど）り出ると、得意（とくい）げに告げる。

「ここは、オイラが活躍（かつやく）するべきなのかもしれないな！」

「朧（おぼろ）？　それはどういう意味だ？」

「まぁまぁ、慌（あわ）てずに聞けって。バロンのオッサン、アンタらドワーフはどうやってオイラ達から姿を隠（かく）してたんだ？」

　朧（おぼろ）が言ってるのは、空港（くうこう）でのことかな？

　たしかに、バロンたちは完全に気配（けはい）を消して、俺達の動向（どうこう）を伺（うかが）ってたみたいだし。

　そう言えば、あの時のバロンたちは何か魔術（まじゅつ）的な方法で姿を隠（かく）してたんだっけ？

「姿を隠（かく）す？　それは、この隠（かく）れ蓑（みの）のことをいっておるのか？」

　朧（おぼろ）の指摘（してき）が的中（てきちゅう）したのか、バロンは自（みずか）らが身に着けている不思議な文様（もんよう）のマントに手を伸（の）ばした。

「そう、それさ。それをオイラに貸しちゃくれないか？　そうしたら、オイラがこっそり、全部の亀裂（きれつ）にその種（たね）を植（う）えて来てやるよ」

「師匠（ししょう）一人で行くの！？　危ないよ！」

「心配してくれるのかい、メイ。でも大丈夫だ。オイラがそう易々（やすやす）とやられるわけがないだろう？　なんてったって、コソコソ隠（かく）れるのは得意（とくい）なんだからな！」

「格好（かっこう）良い……のか？　それは」

「うるせぇ！　それがオイラの流儀（りゅうぎ）なんだよ！」

　朧（おぼろ）が声を荒（あら）げた直後、ボソッと吉田（よしだ）さんが呟（つぶや）いた。

「まるで朧月（おぼろ）みたいですね」

「ん？　吉田（よしだ）さん、それはどういう意味ですか？」

「あぁ、失礼（しつれい）。くだらない話ですよ。朧月（おぼろづき）は雲（くも）に隠（かく）れながらも、堂々（どうどう）と美しく輝（かがや）いてる。そんな朧月（おぼろづき）と似てるなぁと、まぁ、ダジャレですから。気にしないでください」

「吉田（よしだ）のおっちゃんが一番分かってるじゃねぇか。そう言うわけだ。オイラがしっかり穴を塞（ふさ）いできてやるからよ、お前さんらで、街中（まちじゅう）の奴（やつ）らを一掃（いっそう）しておいてくれよな」

「ふふふ。師匠（ししょう）、嬉（うれ）しそうだね」

「まぁ、確かに。朧（おぼろ）にしかできない作戦（さくせん）かもしれないな。頼んだぞ、朧（おぼろ）」

「任せとけ！」

　上機嫌（じょうきげん）な朧（おぼろ）を中心に、俺達は各々（おのおの）の役割（やくわり）を全うするため、動き出すのだった。