俺と魔女との邂逅録 ～あとは野となれ山となれ～

第38話 慣れたもんなんで

　ドワーフの持っていた隠れ蓑（みの）は、魔道具（まどうぐ）と呼ばれるものの１つらしい。

　まぁ、ファンタジーな世界ならありがちなものだよな。

　どうやって作ってるんだろう？

　それとも、これも龍神（りゅうじん）様から授（さず）かったものなのかな？

　個人的（こじんてき）に興味（きょうみ）はあるけど、今はそれどころじゃないか。

　そんな隠れ蓑（みの）を体に巻（ま）き付けられた朧（おぼろ）は、既（すで）に俺の目に見えなくなってる。

「それじゃあまずは、一番（いちばん）近場（ちかば）の亀裂（きれつ）に案内（あんない）してくれよ、バロンのおっちゃん。そして、オイラが亀裂（きれつ）に近づけるように、奴（やつ）らの気を引いててくれ」

　どこからともなく聞こえて来る朧（おぼろ）の声。

　なんていうか、変な気分だな。

「任（まか）せておけ。では皆の者、準備（じゅんび）は良いな？」

「うん！　大丈夫だよ！」

「俺も大丈夫です」

　俺達と、他のドワーフ達に確認（かくにん）したバロンは、皆の準備（じゅんび）ができているのを見て、号令（ごうれい）を出した。

　そんな彼の声に合わせて、ドワーフ達が一斉（いっせい）に亀裂（きれつ）に向けて前進し始める。

　まるで戦争でもしてるみたいだな。

「ハヤトはここで援護（えんご）しててね！　アタシが前に出るから！」

「気を付けろよ、メイ。危（あぶ）なくなったらすぐに戻ってこい」

「うん！　ありがと！」

　軽快（けいかい）に駆（か）けて行くメイ。

　彼女なら俺が心配（しんぱい）する必要もなく、奴（やつ）らを倒（たお）してくれるんだろうけど。

　やっぱり、心配なものは心配だよな。

　それからしばらく、俺はドワーフ達の背後（はいご）に位置（いち）取（ど）って彼らの包囲網（ほういもう）を突破（とっぱ）したキメラの撃退（げきたい）を続（つづ）けていた。

　それにしても、メイやドワーフ達の奮闘（ふんとう）に思わず感嘆（かんたん）してしまう。

　普通の魔物（まもの）より、頑丈（がんじょう）さも凶暴（きょうぼう）さも上回っている筈（はず）のキメラたちが、蹂躙（じゅうりん）されてる。

　とんでもないな。俺はそんな彼らのボスと決闘（けっとう）することになってたのか……。

「取り囲（かこ）め！　奴（やつ）らを街（まち）に行かせるな！！　ここで食い止めるのだ！　そして奴（やつ）らに思い知らせてやれ！！　我（われ）ら一族（いちぞく）が誇（ほこ）り高き戦士（せんし）であることを！」

　いやマジで。勝（か）てないな。

　だからこそ、仲間（なかま）に出来たら心強（こころづよ）いんだろうけど。

　バロンが俺との決闘（けっとう）を取りやめてくれたのは幸（さいわ）いだった。

　心（こころ）変（が）わりとかしないよな？

　屈強（くっきょう）なドワーフ達とメイの援護（えんご）は、思ったよりも暇（ひま）だ。

　それでも、なにかイレギュラーが起きないかと周囲（しゅうい）に気を配（くば）っていると、キメラが現（あらわ）れてる亀裂（きれつ）から、無数（むすう）の蔦（つた）がはみ出て来る。

「おっ！　朧（おぼろ）の奴、上手くやったみたいだな」

「でかしたぞ！！　さぁ次は我らが見せつけてやろうではないか！！　残りの魔物（まもの）を駆逐（くちく）し、東の聖堂（せいどう）前に向かえぇ！！」

　ここぞとばかりに号令（ごうれい）をかけるバロン。

　直後（ちょくご）、ドワーフ達の雄叫（おたけ）びが街（まち）に響（ひび）き渡（わた）る。

「次の亀裂（きれつ）は東か。朧（おぼろ）！　聞こえてるか？　一旦（いったん）俺のところに戻ってこい！」

　次の亀裂（きれつ）に向けて進み始めたドワーフ達。

　そんな彼らを追いながら声を張（は）り上げると、真後（まうし）ろから朧（おぼろ）の声が聞こえてくる。

「もう戻ってるぞ」

「うわっ！？　びっくりした。驚（おどろ）かすなよ」

「へへへ、悪い悪い。次は東か？」

「あぁ。まだ始まったばかりだけど、まだまだ頼むぞ」

「おうよ！　任せとけ！」

　ドワーフ達の影響（えいきょう）かな？

　俺も朧（おぼろ）も、少しだけテンションが高い気がする。

　なんて浮（う）かれてたのも、最初の内だけなんだけどな。

「つ……つかれた」

「まったくだぜ。オイラ、もう一歩も動けねぇ」

　かれこれ数時間（すうじかん）かけて、俺達はガランディバル中の亀裂（きれつ）をドウクツハバミで埋（う）めることに成功（せいこう）した。

　その間、ほぼ休憩（きゅうけい）はない。

　まぁ、魔物（まもの）が襲（おそ）ってくるわけだから、ゆっくり休めるワケ無いんだけど。

　これはさすがに、ドワーフ達も疲労（ひろう）困憊（こんぱい）して―――

「皆（みな）の者！　でかしたぞ！！　ついに！！　ついに彼奴（きゃつ）等（ら）から我（われ）らの街（まち）を取り戻すことができた！！　これも皆のおかげだ、そして、今ここに、我ら一族（いちぞく）の誇（ほこ）りが示（しめ）されたのである！！」

「うおぉぉぉぉぉぉ！！」

「どんだけ元気なんだよ、あいつら」

　この数時間（すうじかん）、欠（か）かすことなくこのテンション。

　ドワーフの体力はどうなってるんだよ。

「街（まち）を取り戻せたのが、よっぽど嬉（うれ）しかったのかもしれないな」

「いいや、オイラはそうは思わねぇな。たぶん奴らは、祭（まつり）が好きなタイプだ」

「は？　それはどういう―――」

「主らも！　人間と猫にしては良い働（はたら）きであったぞ！！　さすがはエピタフの籠手（こて）の持ち主と、その従者（じゅうしゃ）だ！」

「んなっ！？　オイラはハヤトの従者（じゅうしゃ）じゃねぇぞ！！」

「おう、そうか。それは失礼した。それより、我らは今宵（こよい）、勝利（しょうり）を祝（いわ）う宴（うたげ）を開こうと思うのだが、もちろん、主らも参加（さんか）するであろう？」

「う、宴（うたげ）！？　えっと、さすがに今日は」

「何を遠慮（えんりょ）しておる！？　我らは共に街を守り抜いた戦士（せんし）、まさに戦友（せんゆう）ではないか！　そう畏（かしこ）まる必要などないのだぞ？　酒（さけ）に飯（めし）に歌（うた）に踊（おど）り。思う存分（ぞんぶん）楽しむと良い！！」

「ちょ……」

　俺の言葉なんか聞く耳を持たず、バロンは半（なか）ば強制的（きょうせいてき）に宴（うたげ）に招待（しょうたい）してきた。

　ご機嫌（きげん）に歩き去って行く彼に、声を掛ける元気すらないんだ。宴（うたげ）なんか出たら死ぬぞ俺。

「……な、言ったろ？　ハヤトは援護（えんご）メインだったから知らないだろうけど、ドワーフの奴（やつ）ら、誰がキメラを一番（いちばん）多く倒（たお）せるか、いかに素早（すばや）く倒（たお）せるか、って、色んな内容で遊（あそ）んでやがったぜ」

「戦闘狂（せんとうきょう）かよ。って、それは俺も知ってたはずか」

　今ならバロンが俺に決闘（けっとう）を挑（いど）んできたのも、納得（なっとく）できる気がするよ。

「ってなわけで。宴（うたげ）、楽しんで来いよ」

「は！？　朧（おぼろ）、お前まさか」

　咄嗟（とっさ）に朧（おぼろ）の方を向いたけど、もう彼の姿（すがた）は見えなくなってる。

　もう一歩も動（うご）けないんじゃなかったのか！？

「オイラはもう疲れたから、部屋に戻って一眠（ひとねむ）りしてくるぜ」

「ずるいぞ！！　おい！　どこに行った！？」

　そう叫（さけ）ぶ俺の耳に、大勢（おおぜい）のドワーフ達の声が聞こえてくる。

「モギハヤト！！　モギハヤト！！　モギハヤト！！」

「お主よ！！　さぁ、こちらへ来い！！　今宵（こよい）の宴（うたげ）を楽しもうぞ！！」

「嘘だろ……」

　営業（えいぎょう）の接待（せったい）飲み会でも、ここまでの空気は味わったことが無いぞ。

　俺が顔を引きつらせている間に、ドワーフ達がぞろぞろと周囲（しゅうい）に集まってくる。

　宴（うたげ）を断（ことわ）るなんて、無理だなこりゃ。

「……えっと、大丈夫なのかな？」

　気が付いた時、俺の目の前にはマリッサとメイ、そして裏（お）切（ぼ）者（ろ）が立っていた。

　変だな、皆の身体（からだ）がグニャグニャに歪（ゆが）んでる。

「あぁ？　……マリッサ、目が、醒（さ）めたのか？」

「……うん。まぁ、その、おかげさまでね。それより、大丈夫？　顔色（かおいろ）悪いけど」

「ははは。そりゃもう、慣（な）れたもんなんで、大丈うぶっ……」

「ハヤト！？」

「ちょっと！？　本当に大丈夫！？」

　危ない危ない。営業（えいぎょう）マンたるもの、客の前で粗相（そそう）はできないからな。

　あれ？　客（きゃく）って誰だっけ？

「大丈夫。大丈夫だから。あ、すみません、お冷（ひや）１杯お願いします」

「大丈夫じゃねぇなこりゃ」

　呆れたような、裏（お）切（ぼ）者（ろ）の声を最後に、俺は意識（いしき）を失ったのだった。