俺と魔女との邂逅録 ～あとは野となれ山となれ～

第32話 身に憶えがない

　バロンの言葉に、俺達が言葉を失（うしな）ったのは言うまでも無いよな。

　でも、当の本人からすればいたって真面目（まじめ）な話らしい。

　驚（おどろ）く俺達を前に、話を訂正（ていせい）したりごまかしたりすることは無かった。

「惚（ほ）れた？　つまり、決闘（けっとう）に勝（か）ったら……」

「いかにも、我はあの女子に結婚（けっこん）を申し込むつもりだ」

「それでハヤトに決闘（けっとう）を申し込んだってワケか」

「それだけではないがな。それより、お主らはあの女子（おなご）とどのような関係なのだ？」

「その質問（しつもん）に答えたら、俺の質問にも答えてもらえますか？」

「よかろう」

「……俺達がマリッサと会ったのは、少し前の事です。数週間（すうしゅうかん）ってところかな？　だから、彼女の過去（かこ）とかそんな話は知らないですね。一応（いちおう）、レルム王国？　の魔術院（まじゅついん）に所属（しょぞく）してたらしいってことは、知ってます」

「レルム王国の魔術院（まじゅついん）？　それは本当か？」

「はい。ご存じなのですか？」

「我（われ）はこのガランディバルを統（す）べる者。多少の世界（せかい）情勢（じょうせい）くらいなら知っている」

「なら話が速（はや）いですね。彼女は今、そのレルム王国から追われているんです」

「ほう。ワケを尋（たず）ねても？」

「……エルフ達の言い分だと、マリッサが世界に異変をもたらした張本人（ちょうほんにん）だと」

「ダハハハハハッ」

　俺の言葉を聞いて、店にいたドワーフたちが一斉（いっせい）に笑い声を上げ始めた。

　そんなに面白い話をした覚えはないんだけどな。

　少し離（はな）れた席で朝食（ちょうしょく）を摂（と）ってたらしい椿山（つばきやま）さん達も、驚きながら周囲を見渡（みわた）してる。

「さすがは愚凡（ぐぼん）なエルフ共（ども）よ。全ては龍神（りゅうじん）様の導（みちび）きであると、未（いま）だに理解（りかい）していないようだ」

　どういう思考（しこう）回路（かいろ）でそうなるんだろう？

　メチャクチャ気になるけど、安易（あんい）に踏（ふ）み込むのも気が引けるよな。

　俺達の世界で言えば、人の宗教観（しゅうきょうかん）に土足（どそく）で踏（ふ）み込むようなものなんだろうし。

　こういう時は、軽（かる）く流（なが）すに限（かぎ）る。

「そうですよね」

「で、お主らはあの女子（おなご）を連れてここまで逃げて来たと」

「はい」

「よくエルフ共の追及（ついきゅう）を振（ふ）り払（はら）えたものだ」

「それはまぁ、俺達の世界にも対抗（たいこう）できる人間がいたってだけで」

「ハヤトの援護（えんご）もすごかったんだよ！！」

　俺は全然何もしてない。

　だから、決闘（けっとう）なんてしても意味なんか無いんだぞ。

　そんな風に話を持っていきたかったのに、なぜか得意（とくい）げに立ち上がったメイの言葉で、全部が台無（だいな）しになった。

　あぁ～、メイの満面（まんめん）の笑みが眩（まぶ）しいなぁ。

「ほう。お主（ぬし）が援護（えんご）を？」

「ま、まぁ、籠手（こて）のおかげですね。俺自身が凄（すご）いってわけじゃないですよ」

　バロンは全然（ぜんぜん）納得（なっとく）はしてないみたいだな。

　取り敢（あ）えず、お茶でも飲んで落ち着こう。

　うん。良い香りのお茶だ。ドワーフ達の文化にも、お茶ってあるんだなぁ。

　って、そんなこと考えてる場合じゃないか。

「そろそろ俺の質問に移（うつ）ってもいいですか？」

「構（かま）わん。言うてみろ」

「その、俺の腕（うで）の籠手（こて）について。エピタフの籠手（こて）、でしたっけ？　これについて教えて下さい。どういった物なんですか？」

「エピタフの籠手（こて）は、我（われ）ら一族に伝わる伝説（でんせつ）の籠手（こて）だ」

　そこで言葉を切ったバロンは、突然（とつぜん）椅子（いす）から立ち上がると、店全体に聞こえるような大声で語り始める。

「かつての戦士（せんし）ガランは村を襲（おそ）うドラゴンを退（しりぞ）けるため、単身（たんしん）、ドラゴンの討伐（とうばつ）に向かった！」

　彼の言葉に合わせて、周囲（しゅうい）のドワーフ達から歓声（かんせい）が上がる。

「ドラゴンの元に向かった彼が戻る訳ないと、村の皆は絶望（ぜつぼう）していたという」

　両腕（りょううで）を広げ、気持ちよさそうに叫（さけ）ぶバロン。

　なんか、演劇（えんげき）を見てる気分だな。

「だが、戦士（せんし）ガランは一夜（いちや）にしてドラゴンを討伐（とうばつ）して戻ったのだ。その左手にドラゴンの首を、右腕（みぎうで）にエピタフの籠手（こて）を身に着（つ）けて」

　ジョッキを手に取り、中身を一気に飲み干すバロン。

　赤い髭（ひげ）についた泡（あわ）を手でふき取りながら、彼は俺に向き直り、続ける。

「それ以降、戦士（せんし）ガランは一度たりとも籠手（こて）を外すことは無かった。死して籠手（こて）を墓石（はかいし）とするまでな」

　一度（いちど）も外（はず）さなかった！？　いや、汚（きたな）いだろ。

　まぁ、俺も人のこと言えないのか。この籠手（こて）、外（はず）せないし。

　かつてのガランさんも、同じ感じだったのかな？

「そこから、我（われ）らドワーフ一族の中で、その籠手（こて）はエピタフの籠手（こて）と呼ばれている」

「そんな伝説（でんせつ）があるんですか……」

「そうだ。だからこそ我（われ）は、その伝説（でんせつ）の籠手（こて）を持つお主を打倒（だとう）し、力を示さねばならぬのだ！」

　バロンは満足（まんぞく）げにそう締（し）めると、再び椅子（いす）に腰（こし）を下ろす。

「一応聞きますけど、敗者（はいしゃ）はどうなるのですか？」

「我（われ）が負けることなどあり得（え）ぬが、もし負ければ、お主の配下（はいか）として仕（つか）えよう」

「え！？　いや、そんなことは望（のぞ）んで……」

　思ったよりも面倒（めんどう）そうなことを言い出したぞ。

　ドワーフの首領（どん）が配下って、いや、扱（あつか）いに困る。

　すぐに条件（じょうけん）を変えてもらおう。

　そう思った俺が苦言（くげん）を呈（てい）すのが、少し遅（おそ）かったらしい。

　いや、苦言（くげん）を呈（てい）しても、ごり押しされてたかもしれないか？

「もしお主が負（ま）けたのであれば、その腕（うで）、切り落とさせてもらおうか」

「っ！？」

　腕（うで）を切り落とす？

　そんなの、認（みと）めるわけにはいかないぞ。

　でも、そんな俺の考えをバロンが呑（の）んでくれるようには思えないな。

「いやはや、決闘（けっとう）の話をしていると血が滾（たぎ）ってくるな。それに、街に戻ってからあの女子（おなご）と話もできておらん。どうだ、ここいらで当事者（とうじしゃ）同士（どうし）、きっちりと話を付けておくというのは」

「……全く話を飲み込めて無いですが。話をするだけってんなら、俺も賛成（さんせい）です」

　決闘（けっとう）の条件（じょうけん）とか、ルールとか、その辺をしっかりと話し合っておかないと、ヤバそうだし。

「ハヤト！　どうするつもりなの？　まさか、決闘（けっとう）、受けたりしないよね？」

「ここまで来て決闘（けっとう）を受けぬなどとは言わせぬぞ。それは戦士（せんし）にあるまじき行為（こうい）。もし逃亡でもしようものなら、その代償（だいしょう）はきっちり払（はら）っていただこう」

「避（さ）けられる話ってわけじゃなさそうだ。メイ。そんな心配そうな顔、しないでくれ。まるで俺が負けるのが確定してるみたいだろ？」

　まぁ、俺自身も勝（か）てる自信（じしん）なんて無いんだけどな。

「でも……」

「ハヤト、お前どうしてそんなに落ち着いていられるんだよ？」

「さぁ。なんでだろうな。案外（あんがい）、この籠手（こて）の伝説（でんせつ）って言うのは、間違（まちが）ってないのかもしれないな」

　死（し）を恐（おそ）れ、死（し）を受（う）け入れし者。か。

　うん。全然（ぜんぜん）身（みに）に憶（おぼ）えがない。

　もしかして、この籠手（こて）は人（ひと）違（ちが）いでもしてたりして？

　なんて、現実（げんじつ）逃避（とうひ）をしてる俺に、バロンが念（ねん）を押すように問いかけてきた。

「さぁ、早速（さっそく）向かうとしよう。あの女子（おなご）はどこにいる？」

「部屋（へや）で待機（たいき）してるはずです」

　そのまま俺達は、店を出て元（もと）居た部屋（へや）に戻ったのだった。