俺と魔女との邂逅録 ～あとは野となれ山となれ～

第17話 群青の魔女

「中は流石（さすが）に暗いな。皆、まだ他にもエルフがいるかもしれないから、気を付けてくれ」

「分かった」

　エルフたちが取り囲んでた入り口から中に入った俺達は、薄暗（うすぐら）い中を慎重（しんちょう）に進んだ。

　とはいえフロア全域（ぜんいき）を探すとなると、かなり時間を喰（く）いそうだな。

「うわぁ……ここ、すごく広いね」

「あぁ、俺も始めて来たときはそう思ったよ。はぐれると厄介（やっかい）だから、あまり遠くに行かないでくれよ、メイ」

「うん」

「それにしても、これだけ広いと探すのも一苦労（ひとくろう）だぜ。なぁハヤト、ここは二手に分かれた方が良いんじゃないか？」

「そうだな」

「はいはい！　アタシ、ハヤトと一緒が良い！」

「それなら、オイラはエルフの嬢（じょう）ちゃんとペアってことかな」

「そうみたいだね。まぁ、暗がりで目が効（き）くのは朧（おぼろ）とメイだから、妥当（だとう）なところじゃない？」

「やった！」

「よろしくな、メイ」

「うん！」

　そうやってペア割（わり）を決めた俺達は、静かに２手に分かれて歩き出す。

　入り口のガラスが割られてたからなんとなく予想はしてたけど、やっぱり中には魔物が入り込んでた。

　まぁ、ゴブリン程度の魔物なら、メイがなんとかしてくれるからあまり心配はいらないけどな。

　それに、俺自身も籠手（こて）の使い方を練習することができたから、ある意味良かったのかもしれない。

　とはいえ、それはあくまでも俺達に限った話。

「魔物が入り込んでる……ってことは、早く逃げ込んだ人たちを見つけないとヤバいかもしれないな」

「ハヤト、あっちの方から何か聞こえるよ」

「行ってみよう」

　メイの案内に従（したが）って走っているうちに、俺の耳にも声が聞こえてくる。

　どうやらモメてる様子の声だ。

「近づくな！　近づくなって言ってるだろ！」

「これ以上暴（あば）れるなら、１人くらい見せしめにするしかなくなるぞ。それでいいのか？」

　アイオンの２階、スポーツ用品店（ようひんてん）前にゴルフクラブを構（かま）えた男達と５人のエルフが対峙（たいじ）していた。

　エルフの方は外にいた騎士（きし）と同じように鎧（よろい）を身に纏（まと）ってる。

　まぁ、普通に考えて勝ち目なんか無いよな。

　緊迫（きんぱく）している状況を悠長（ゆうちょう）に眺（なが）めてるわけにもいかず、俺は声を掛けることにした。

「待ってくれ！」

「何者だっ！？」

　両者の間に割り込んだ俺は、エルフに向かって告げる。

「俺は茂木（もぎ）颯斗（はやと）って名前の人間だ！　頼むから、武器を置いて話し合いで解決させてくれ」

「何をバカげたことを」

「隊長（たいちょう）！　あの男の傍（そば）にいるのは！」

「ウェアウルフだと！？　なぜ人間と一緒にいる！？」

「そんなの、アタシの勝手でしょ」

「ちょ、ちょっと！？　どうして身構えるんだよ！　メイも落ち着いてくれ」

　エルフにとって、ウェアウルフの強さはある程度（ていど）認知（にんち）されてるってことかな。

　本当なら、対抗手段があるって意味で安心なんだろうけど、この状況じゃ逆効果かも。

　もはや、戦闘（せんとう）は避（さ）けられそうにない。

「相手は２人だ！　やってしまえ！」

　隊長（たいちょう）が号令（ごうれい）を出すと同時に、エルフたちはいっせいに呪文（じゅもん）を口ずさみ始めた。

　と、彼らの呪文（じゅもん）を邪魔（じゃま）するためにメイが一歩踏み出したところで、朧（おぼろ）の声が響（ひび）き渡る。

「２人？　それは間違ってるぜ、隊長（たいちょう）さんよぉ！」

　エルフたちの背後、吹き抜けの手すりの上に姿を現した朧（おぼろ）が、なぜか得意げに言うのだった。

「この朧（おぼろ）様を忘れて貰（もら）っちゃ困るぜ」

「猫？　下等（かとう）生物（せいぶつ）ごときに何が出来る」

「かとっ……！？」

　隊長（たいちょう）の言葉に愕然（がくぜん）とした朧（おぼろ）。

　見るからにしょんぼりとする彼の様子は、まぁ、かわいそうだな。

「そう？　それじゃあ、あなた達と同じエルフが来たらどうするのかな？」

「なにっ！？」

　頃合（ころあ）いを見計（みはか）らってたように、吹き抜けからガルーダに乗って上がって来たマリッサ。

　彼女は軽い身のこなしで２階に降り立つと、隣（となり）にガルーダを侍（はべ）らせたままエルフたちを一瞥（いちべつ）する。

「あれは、青い魔術院（まじゅついん）の制服（せいふく）。それに、ガルーダを操（あやつ）ってると言うことは！？　まさか、群青（ぐんじょう）の魔女（まじょ）、マリッサ様！？」

「群青（ぐんじょう）の魔女（まじょ）？」

「その呼び方、久しぶりに聞いたな。で、レルム王国騎士団はこんなところで何をしてるワケ？」

　狼狽（うろた）えていた隊長（たいちょう）は彼女の問いかけに気を取り戻したのか、意気（いき）揚々（ようよう）と答え始めた。

「わ、我々は、陛下（へいか）より労働力（ろうどうりょく）となる人間の捕獲（ほかく）を仰（おお）せつかっており、今こうして―――」

「やっぱり、そういうコトだろうとは思ってたけど。で、１つ聞いておきたいんだけど。あなた達に命令した連中の中に、ナレッジ院長（いんちょう）もいるのかな？」

「ナレッジ様なら、陛下（へいか）と共にここから南の駐屯地（ちゅうとんち）にいらっしゃいます」

「そっか、分かった。それじゃあ、もうあなた達に用はないから、このまま大人しく下がってくれないかな」

「な、何を言って」

「下がってくれないかな？」

「っ……全員（ぜんいん）、退却（たいきゃく）だ」

「ですが、隊長（たいちょう）」

「黙（だま）れ！　命が惜（お）しいなら大人しく退却（たいきゃく）しろ！」

　慌（あわ）てて逃げ出して行くエルフたち。

　マリッサのおかげで戦うことは避（さ）けられたけど、色々と聞きたいことも増えたな。

「群青（ぐんじょう）の魔女（まじょ）ねぇ」

「何か文句（まじょ）でもあるのかな？」

「いや、そうじゃなくて。有名人だったんだなと思って」

「そうだな。連中、かなり怯（おび）えてたぜ。それこそ、顔面（がんめん）蒼白（そうはく）になってな。前から思ってたけどよ、嬢（じょう）ちゃん、ただ者じゃねぇな」

　本当に前から思ってたのかはさておき、朧（おぼろ）の言うことはもっともだよな

　対するマリッサは自嘲（じちょう）気味（ぎみ）に笑みを溢（こぼ）してる。

「何も良いことないけどね。それより、ハヤトの仕事はここからだよ」

「そうだった。あ～、えっと、皆さん、大丈夫ですか？」

　気を取り直して、俺はスポーツ用品店の中に身を隠（かく）してる人々に声を掛けた。

　こうして見るだけでも、十数人はいるな。

　前の方に居るのは武器（ぶき）になりそうなものを持った男性。

　その奥には幼い子供や女性、老人がいるように見える。

　と、さっきエルフに対して威嚇（いかく）してた中年（ちゅうねん）のオッサンが、俺に声を掛けてきた。

「な、何者なんだ、あんたら」

「俺は茂木（もぎ）颯斗（はやと）、見ての通り……って言えるほどきれいな見た目じゃないけど、一応日本人です。とりあえず、皆さんが無事で良かった」

「どうなってるの！？　あなたは何か知ってるんですか！？」

　用品店（ようひんてん）の奥に身を隠（かく）してた女性が、突然声を張り上げたらしい。傍（そば）にいる男性が、彼女を宥（なだ）めてる。

「落ち着いて、妙子（たえこ）さん」

「でもっ！」

「すみません。正直なところ、俺も詳（くわ）しいことは分からないんです。だけど、もしかしたら世界を元通りに戻せるかもしれないって話を聞いて、彼女達と一緒に行動してます」

　言いながら、俺はマリッサとメイを指し示す。

　こういえば、少なくとも彼女たちが敵じゃないって示せる気がしたから。

　と、そんな俺の思惑（おもわく）通りか、身を隠してた人々の中にどよめきが生まれた。

「世界を……元通りに！？」

「茂木（もぎ）さん、その話、詳しく聞かせてくれませんか？」

　構（かま）えていたゴルフクラブを降ろしながら声を掛けて来るオッサンに、俺は力強く頷（うなず）いて見せる。