第16話 今こそ腕の見せ所

「ハヤト、大丈夫?」

 ひとしきり嘔吐おうとした俺は、メイの家で休ませてもらっていた。

 バケツの前にしゃがみ込む俺の背中を、彼女がやさしくでてくれる。

 ……なさけないな。

「あぁ。大丈夫だ。ごめんな。メイの方がつらいはずなのに」

 口に残る酸味さんみを飲み込みながら、俺はそう言う。

 すると、メイは首を横に振りながら、まるで俺をはげますように告げた。

「アタシはもう大丈夫」

 ホント、彼女には助けてもらいっぱなしだな。

 でも、これ以上迷惑めいわくをかけるわけにはいかない。しっかりしろ、俺。


 さっき見た凄惨せいさんな光景を忘れるために、差し出された水を一気に飲み干した俺は、改めてメイの家を見渡す。

「ここがメイの家か。なんていうか、居心地いごこちが良いよな」

「でしょ。アタシも気に入ってる」

 木材と石材を組み合わせて作られた簡素かんそな小屋。

 現代日本の建物と比べれば、当然とうぜんしつは落ちるんだろうけど、これはこれで温かみがあって良い。

「これ全部、自分達で作ったのか?」

「そうだよ。お父さんと兄ちゃんが作った。アタシもちょっと手伝ったよ! あの辺とか」

「それはすごいな」

「えへへ」


 うれしそうにはにかむメイの頭をでてると、更に気分が落ち着いて来るな。

「さてと、おかげでゆっくり休めたし、そろそろ動くかな。マリッサとおぼろは周囲の偵察ていさつに出てるんだっけ?」

「うん。近くに魔術まじゅつ結晶けっしょうが無いか探すって言ってたよ」

「そうか。できれば合流したいけど、近くには居なさそうだな……」

「そうだね」

 小屋の外の様子を見て見るけど、2人がいる気配は無い。

 まさか、森の奥にまで行ってないよな?

 まぁ、マリッサが居ればどんな状況でも逃げ出せそうだけど。


「メイの鼻があれば、2人を探せたりするか?」

「あ、えっと、そ、それは、ちょっと難しいかも」

「そうなのか?」

 思い付きで提案ていあんしてみたけど、どうもそう上手くはいかないみたいだな。

 ちょっと言葉に詰まってるのは気になるけど。

「うん。この辺は……くさいから、そう! くさいから、においが分かりにくくなってるかも」

「なるほどな。それならまぁ、あんまり歩き回るのはやめた方が良さそうか」


 とはいえ、小屋の周辺を探すくらいはしておいた方が良いかもな。

 なんて考えながら、俺が小屋の外に一歩踏み出した時、背後のメイが何かを口走った。

「ね、ねぇ、ハヤト。ハヤトはさ、マリッサのこと……」

「ん? マリッサがどうした?」

「な、なんでもないよ。それよりハヤト。カラミティが起きる前まで、ハヤトは何をしてた?」

「カラミティが起きる前? そうだな。最後におぼえてるのは、スーツのまま自分の部屋のベッドに寝転がりながら、息苦しさを感じてたことくらいかな。そう言えば、このスーツも替え時だな。そろそろ新しい服でも調達ちょうたつするか」

「服?」


 たまにいで洗ったりはしてるけど、さすがにそろそろにおいがキツくなりつつある。

 逆に今までよく持ったもんだ。それもこれも、マリッサのおかげかな。

 異世界人ってのはいろんな素材を調合することで、本当に便利な薬を作り出すらしい。

 とはいえ、新しい服を調達するのが最善さいぜんだってのには変わりないだろうけど。

「そう言えば、メイの服ってかなり簡素なものだよな」

「ん、これも自分で作った」

「マジか! なんでも自分で作れるのはすごいな」

 あまりまじまじと見てなかったけど、彼女が身にまとってるのは胸元と腰を隠す薄っぺらい布くらいだ。

 正直、ウェアウルフ特有の野性味やせいみが無かったら、刺激的しげきてき過ぎる。

「……そ、そんなに見ないで欲しい」

「わ、悪い!」

 顔を赤らめてるメイに全力で謝る俺。

 なんか、彼女には謝ってばかりだな。

 なんて考えてると、メイは小さく呟いた。

「ハヤトの服、ボロボロ」

「そうなんだよ。メイ達と会う前までは、服に気を向ける余裕が無かったからなぁ」

「そっか。あのさ、ハヤト。もしよかったらアタシが……」

「メイ!! ハヤト!! 大変だ!!」


 モジモジと足元を見下ろしながら何かを言いかけてたメイ。

 そんな彼女の声をかき消すように、小屋の外からおぼろが駆け込んでくる。

おぼろ? どうした、そんなにあわてて」

師匠ししょう?」

「お、調子が戻ったみたいだなハヤト。だったら話が早い。2人とも、すぐにオイラに着いて来てくれ!」


 何をそんなにあわててるのか。

 そんな話をゆっくりとするひまもないままに、俺とメイはおぼろの後について走り出す。

 そうして、少し東に向かって走ったところで、俺は何か変な音が森の奥から聞こえてくることに気が付いた。

「なんだこの音?」

「誰かが戦ってる?」

「さすがメイだぜ! この先で、騎士きし格好かっこうした奴らが戦ってるんだ」

騎士きし!? それってマリッサが言ってた」

「問題はそこじゃねぇ! 奴らが戦ってるのは、人間なんだよ」

「なんだって!?」

「人間達はこの先のでかい建物に逃げ込んだらしい。で、そいつらを追ってた騎士達が、その建物を包囲ほういしちまった。オイラ達はその光景を見ちまったんだけど、マリッサが急いでお前さんらを連れて来いってさ」


 マリッサが俺達を呼んだ?

 ちょっと引っ掛かるな。

 俺の知ってる彼女なら、問題事に干渉かんしょうすることなくその場を去りそうなもんだけど。

 わざわざ呼ぶってことは、何か理由があるってコトだろう。

 そう考えた俺は、しげみに身を隠しながら前方の様子をうかがってるマリッサを見つけると、彼女のそばけ寄る。

「遅くなった。状況は?」

「あまり良くないかな」

「デカい建物って、アイオンの事かよ」

「アイオン?」

「あぁ。あの建物の中には色んな店が入ってて……って、こんなこと説明してる場合じゃないな」


 しげみから見えるだけでも、十人近くの騎士きしがいる。

 彼らは全員エルフのようで、アイオンの入り口の一つを包囲ほういしてた。

 って言うか、エルフたちがいる場所がアイオンの入り口ってことは、俺達が居るここは、すでにアイオンの敷地しきちないってことだよな。

 つまりここは、元々もともと駐車場ちゅうしゃじょうだったってことか。

 いや、カラミティの影響えいきょうなんだろうけど、森の浸食しんしょくすごすぎて気づかなかった。


「よし。すぐに止めに行くぞ」

「待って。今私達が出て行くのは得策とくさくじゃない。言ったでしょ? あの騎士達は国の労働力として人間を奴隷どれいにしようとしてる。下手へたに出て行ったら、私達までつかまることになりかねない」

「じゃあどうして呼んだんだ!? このままここで見てろってのか!?」

「そうじゃないよ。私も今すぐに止めたいと思ってるし、なんならもう、止めに入ってもらってるから」

「は?」

「私が合図すれば、すぐにでもドライアドが騎士達を追い払ってくれるはず」

「ドライアド……そう言えば、前にも呼んでたな」

「うん。で、合図を出す前に確認したいことがあったから、ハヤトを呼んだんだ」

「確認? なんだよ」

「今あそこに逃げ込んでる人間は、恐らく、ハヤトと同じ世界に住んでた人達だよ。だから、助けた後に私達との仲介ちゅうかい役になってもらいたいんだけど。やってくれる?」

「仲介役? それくらい……」


 頼まれなくたってやるぞ。

 そう言おうとした俺は、すっかり変貌へんぼうげてしまった右腕みぎうでを見て、口を閉ざしてしまった。

「……今の俺が仲介役になれるのか?」

「私もそれが心配だったから呼んだの。自信が無いなら、見なかったことにして逃げる方が良い」

 マリッサが俺を呼んだ意味が分かった。

 確かに、今の俺の姿は現代日本人からすれば異形いぎょうそのものだからな。

 ましてや、マリッサやメイを引き連れてるわけだ。

 簡単に信用されるわけがない。

 でも、出来るかもしれないことをはじめから諦めるのは、また別の話だろ?


「やろう。見なかったことにするのは、さすがに気が引ける。それに……」

 この腕がどんな見た目になろうとも、俺が俺として生きて来た時間はいつわれないはずだ。

「元営業マンとして、今こそ腕の見せ所だろ」

「分かった。それじゃあやるね。ドライアド、お願い」

 こぶしにぎりしめて決意を新たにする俺。

 そんな俺を見て、マリッサが指示を出すと同時に、入り口を包囲するエルフの騎士達の足元から、多くのつたが突き出してきた。

 即座に剣でつたを切り払おうとするエルフたちだが、つたの数が異常いじょうに増え始めた様子を見て、考えを改めたらしい。あわてた様子で逃げ出し始める。


「前にも見たけど、マリッサはすごいな。ちなみに他にはどんな召喚獣しょうかんじゅうを使えるんだ?」

「ガルーダとドライアドだけだよ」

「……そうなんだ」

「何か文句もんくでもあるのかな?」

「いや、無いです。ありません。だから、杖をこっちに向けるのはやめてください」

 本当に文句もんくなんか無いんだ。だから、そんなににらまないでくれよ。

 気まずい空気の中、俺がマリッサのするど眼光がんこうしのんでいると、不意にメイが小さく笑った。

「ふふっ……あ、ごめんなさい」

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