第13話 龍神とドラゴン

 埠頭ふとうでの一件は、ひかえめに言っても異常いじょうだったよな。

 実際、俺の右腕みぎうでが変なことになったわけだし。おまけに、白いドラゴンも現れた。

 本当なら、魔術まじゅつ結晶けっしょうを見つけたマリッサが世界を修復しゅうふくする術式じゅつしき構築こうちくして、全部解決かいけつってなるはずだったんだけどなぁ。

 まぁ、そう上手く行かないのが現実げんじつってヤツみたいだ。

 そういう意味では、この数週間すうしゅうかんに起きてることは、一応、現実ってことになるのか。皮肉ひにくだな。


「車……これがハヤト達の世界の産物さんぶつなんだね」

「言い方が仰々しいけど、まぁ、間違いじゃないのかもな」

 スーパーへの帰り道、後部こうぶ座席ざせきに座ってるマリッサがそうつぶやいた。

 彼女の変な感想かんそうに苦笑いがれてしまうのは仕方ないだろ?

 と、俺がバックミラーに目をやってる間に、マリッサのとなりに座るおぼろと助手席に座るメイが立て続けに口を開く。

「オイラ、車に乗るのは初めてだ」

「ハヤト! なんか光ってるよ!? 何これ!?」

「それは時計だよ、って、おいおぼろ。なに背中をブルブルさせてるんだ? 冗談でも、らしたりするなよ?」

「ちょ、ちょっと出そうになっただけだ、安心しろ」

「安心できるワケねぇだろ!? ったく、あと数分でスーパーにつくから、ちゃんと我慢がまんしててくれな」


 背中せなかあせを感じながら、俺はアクセルをみ込んだ。

 この車は俺にとって命の恩人おんじんみたいなものなんだからな。おぼろ小便しょうべんよごさせるわけにはいかない。

「……馬よりも断然だんぜん早いね。まぁ、ガルーダには負けるけど」

「そりゃそうだな。でも、ガルーダじゃそんなにたくさんの荷物を運べないし、人も乗せられないだろ?」

「それはまぁ、そうかも」

「別に張り合う必要ないだろ。ガルーダみたいに魔術まじゅつは使えないんだし」

り合ってるわけじゃないから!」

「おぉい! ハヤト! まだ着かないのか!?」

「もうすぐだ! 我慢がまんしろおぼろ!!」


 おぼろのせいで無駄むだ冷汗ひやあせをかいた俺は、まもなくスーパー前の道路脇どうろわきに車をめた。

 もちろん、扉を開けると同時におぼろはどこかへと駆け出して行く。

 そんな彼を見送った俺は、トランクを開けながら背後のマリッサに声を掛けた。

「さてと、荷物はスーパーに運ぶとして、なぁマリッサ、この素材はこの後どうするんだ? まさか、ここまで持ってきて、全部ぜんぶ廃棄はいきなんて言わないよな?」

「そんなバカな話ないよ。薬の材料ざいりょうになるから、しっかり使う予定」

「薬。ってことは、これらを調合ちょうごうするってことか。まさにファンタジーな感じだな」

「……途中から意味わかんないけど、まぁ、調合ちょうごうするのは合ってる」

「それ、俺にも手伝わせてくれよ。念のために作り方とか覚えておきたいし」

「手伝わせてくれって……まぁ、元々手伝ってもらうつもりだったから良いけど。逆に、私も教えて欲しいな。こっちの世界では、どんな調合方法が発見されてるの?」


 発見されてる?

 なんか、マリッサってたまに独特どくとくな言い回しをすることがあるよな。

 まぁ、どうでも良いことだけどさ。

「俺は薬の調合ちょうごう方法なんて知らないな」

「そうなの!? でも、車は使うことができるんだよね?」

「? まぁ、そうだけど。それとこれに何のつながりが?」

「? 何のつながりって、あれだけのものを使えるのに、薬の作り方も知らないって、明らかにおかしいと思うのは私だけ?」

「どういう感覚してるんだよ。車の乗り方なんて、練習すれば誰だって出来るようになるだろ。逆に、薬の作り方はほとんど誰も知らないと思うぞ? それこそ、専門知識がある人間じゃないと、作れないのが普通だ」


 自信満々に言ってみたけど、マリッサの怪訝けげんそうな表情を見ていると自信無くなってくるな。

 もしかして、世のサラリーマンたちは皆、薬の調合方法を知ってたのか!?

 いや、そんなまさか。……だよな?

 なんてことを考えながら、俺はトランクから取り出した荷物を抱えてスーパーの中に入った。

 もちろん、マリッサとメイも後を着いてくる。

 そうして、一通り荷物を置き終わったタイミングで、釈然としない様子のマリッサが口を開いた。


「おかしいのは貴方あなたの方だと思うけどな。そうだ、メイ。貴女あなたも薬の作り方くらいは知ってるよね?」

「ん? うん。それくらいなら、小さな時から知ってる!」

「小さな時から!? マジかよ。これはあれだな。文化の違いってやつか?」

「そうだね。まぁ、そんなことはどうでも良いから、もっと大事な話をしよう」

「大事な話?」

 今、結構大事な話をしてた気もするけど。

 でも、彼女の視線が俺の右腕に動いたところから察するに、ここで話をさえぎる必要はないようにも思えるな。


「うん。ハヤト、貴方あなたの右腕の事と、それと、ドラゴンの事」

「あぁ。なるほど」

「……」

 マリッサの言葉に俺が納得して、メイがうつむいた時、スーパーの入り口からおぼろが姿を現す。

「ふぅ~。すっきりしたぜ」

おぼろも戻ってきたことだし、少し状況を整理したいと思うんだけど。良いかな?」

「あぁ」

 マリッサの提案に反対する者はいない。まぁ、当然だな。

 それを目で見て理解したらしい彼女は、事実をくだくように、ゆっくりと話し始めた。


「さっきも言ったけど、ハヤトは今、とても不思議な状態になってる。その理由を少し考えてみたんだ。多分、ハヤトは気絶している間に魔素まそを大量に取り込んでしまったから、魔術まじゅつ結晶けっしょう影響えいきょうを受けにくくなってるんだと思う」

「なるほど。それは納得できるな」

「でも正直、私にとっては不都合ふつごうな事実なんだよね」

「なんでだよ!?」

「だって、ハヤトが魔術まじゅつ結晶けっしょう融合ゆうごうしてしまったせいで、別の新しい魔術まじゅつ結晶けっしょうを探さなくちゃいけないから」

「そりゃ難儀なんぎな話だぜ」

 俺からすれば、腕がこうならなかったら、確実に命を落としてたんだけどな。

 まぁ、これについて文句もんくを言うのは場違いな気がする。


「それともう一つ、難儀なんぎな話があるんだよ」

「あの白いドラゴンのことか?」

「うん」

「ドラゴン……」

 ついに話題がドラゴンに移ったことで、メイがあからさまに落ち込む。

 多分、家族のことを思い出してるんだろう。

 そんなメイの様子を少し気に掛けながらも、マリッサは続けた。

「私が知る限り、ドラゴンは非常に高い知性ちせいがある。だからこそ、あの場に姿を現すこと自体じたいが、明らかに変だと思うんだよね」

「どうしてそうなるんだよ?」

「だって、あそこは水龍すいりゅう住処すみかなんだよ? そんな場所にドラゴンが近づけば、迎撃げいげきされるに決まってるのに」

迎撃げいげきって、あの水のことか? ってことは、あれは水龍すいりゅうがやったってことなんだな。でも変だよな。りゅうなのにドラゴンを敵対視てきたいししてるのか」

「……どういうこと? どうして、そんな発想はっそうになるの?」

「は?」

龍神りゅうじんは世界の全てを作り、ドラゴンが世界を破壊はかいする。そんなの、常識じょうしきでしょ? 敵対てきたいしてるに決まってるじゃん」

「ほう」


 常識、なのか。

 同族とか仲間とか、そんな感じではないにしても、明確に敵対するって言うほどの関係ではないと思ってたよ。

 まぁ、それが彼女の住んでた世界の常識だったってことになるって思うことにしよう。

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