21. ナディアの悔恨

 ふと、ジャックの待つホテルに向かう間に、あの動揺が突然私の記憶から蘇り、急ぎ足でニューヨークの街を歩く私の足を一瞬止めそうになった。まずいわ・・・


 私は自分の秘密のアジトから、今はホテルに向かって歩いていた。


 鑑識の話では、私の亡くなったアフリカの友人は、毒物を飲まされた事が原因で、亡くなっていたという。

 アフリカには育たない、ヒ・マ・ラ・ヤ・高・山・でしか育たない植物で生成される毒物の摂取が原因という検死報告書を、私はあの日、ヘリの中で読んだ。


 検死報告書は国際スパイの私が手を回して、緊急かつ秘密裏に作成されたものだった。プロ中のプロが検死を担当したので、結果には間違いはないだろう。


 私はあの日のことをよく覚えている。

 私の友人が亡くなったと言う知らせがあった後、私はプライベートジェット機でアフリカに入国した後、ヘリで現地の病院に急ぎ向かっていた。その時にはすでに、犯人グループは姿を消していた。犯人グループのアジトに送り込んだ部下からは、既にもぬけの空だったという報告を、やはり病院に向かうヘリの中で受け取った。


 その日はあいにく風が強まり、現地の病院の屋上にヘリで着こうとした時、強風に煽られてヘリは病院屋上に降下できなかった。


 ダダダダダダダ


 私は揺れるロープをヘリから垂らしてもらい、特殊部隊のように病院屋上に着地した。

 心は激しく動揺し、ヘリコプターのプロペラが回る音が私の耳に強く響いた。髪の毛は私の心のように激しく風で乱れ、ロープをつかむ手はヒリヒリと痛みを感じた。


 私はあの時の動揺を今でも忘れられない。


 今、ジャックの待つホテルに歩いて向かう間に、突然、あの動揺が私の記憶から蘇り、私は動揺したのだ。


 私は変装したおばさんから、また普通の姿に戻っていた。動きやすい格好だ。弓矢も背中に持っているし、高性能銃も2丁隠し持っている。金の延べぼうもリュックに無造作に入れてあった。落ち着いて、ナディア。自分に言い聞かせる。


 私はさりげなく後ろを確認し、左右も前方にも目を配る。

 

 怪しい人影はいない。しかし、私の心にヘリコプターのプロペラの轟音とロープを掴むヒリヒリとした手の痛みが蘇る。私は口を固く結び、決意を新たにホテルに向かった。表向きは、夫が待つホテルに帰る作家だ。


 気づかれれば、気さくな笑顔でサインにも応じる必要がある。私はすれ違う通行人のうち、子供数人と大人の何人かの求めに応じて、気軽にサインに応じていた。その中に怪しい人物はいなかったと思う。


 気のせいかもしれないが、あの記憶が蘇るという事は、私の身に何かよくない事が近づいているサインのような気がしてならない。


 スパイ活動を無事に続けるには、時にこの第六感が非常に役に立つことを知っていた。


 用心しよう。ジャックと一緒に行動する日だが、今日は、ジャックを巻き込むわけにはいかない。


 私は無事にホテルに着いた。ゴージャスなホテルのフロントを通り過ぎようとして、待っていたジャックにさわかに呼び止められた。


 「ナディア、おはよう。朝から散歩は楽しかったかい?」ジャックは笑顔で私に言い、朝ごはんを二人で食べに行こうとホテルの有名なレストランに誘ってきた。


 ええ、楽しかったわ。収穫は上々だもの。私は二人組の男を銃で脅して入手した情報を思い出して、気を良くして、ジャックににっこり笑い返した。

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