18. 伯爵(颯介)

 村の鐘の音が鳴り止んだ。


 日差しは、辺りにまだ朝の気配を漂わせていた。気持ちの良い風が吹いている。


 一歩間間違えれば、映画村の朝のすがすがしい光景とも言えなくもない。


 舞台は中世ヨーロッパのとある村だ。


「さあ、諸君、待ちきれなくてやってきたぞ。」


 俺の目の前に、老ぼれのヨレヨレの老人が現れた。


 口が悪くて申し訳ない。でも、なんだ非常に感じが悪い老人だ。

 明らかにボロをきた村人や子供たちとは服装が違う。


 ははーん・・これが例の伯爵とやらか。


 俺はじっくりと老人を眺めた。


 古めかしいが、立派そうに見える、映画でみるような貴族っぽい格好をしている。

 しかも威張り腐っていて、偉そうだ。


 人は皆平等という教育が浸透されていない時代にだけそんな態度は許されるんだよ、伯爵じいさん。俺は内心思った。


「お前は誰だ?」

 伯爵とやらは、俺に言い放った。上から目線の物言いにカチンとくる。


 未・来・人・だ・よ・。・ば・ー・か・。・


 しかし、いくらなんでもそんなことは言えない。


「あの、この前の旅で助けてくれた方です。」

 ピーターがすかさず伯爵に伝えた。


「颯介さんです。」

 ジョージアも言った。


「旅の途中で、僕らを救ってくれたんだよ。」

 8歳のレオもすかさずフォローしてくれた。


 君たちは本当に良い子だ。


 また、俺の中のバイトリーダー的な責任感がふつふつと湧き上がってきてしまった。この子たちが危ない局面を切り抜けられるように、俺が確かにリードしなければ。


 なーんて、俺にできることは少ないかもしれないけどね。

 とにかく、ここを切り抜けるのだ。

 

「そうか。お前も来い。みんな一緒に来い。」伯爵爺さんはそういうと、スタスタ勝手に歩き出した。


 3人の子供たちは黙ってついていく。


 レオが俺の手を握って、一緒に行こうと促す。俺は仕方ないと覚悟を決める。この状況はよく分からないが、とにかくあの爺さんに何かを強いられているのは確かそうだ。助けなければならない。


 伯爵爺さんは、城みたいな立派な屋敷にズカズカ入って行った。


 門は空いていた。俺らが入ると、門を爺さんは閉めて施錠した。


 俺は門のデカい鍵をジロジロ眺めた。爺さんは腰につけているベルトに鍵を結びつけていた。


 よーく覚えたからな、爺さん。俺は、脱出するときの事を想定して、鍵は爺さんの腰、と覚えた。


 広大な庭を抜けて、不思議な雰囲気の中庭に到着した。


 ここから入るのが正解か分からないが、爺さんは明らかに俺らを城の玄関から中に入れたくなさそうだ。中庭には、井戸があり、その周りだけ花々が咲き乱れ、野菜等が育っていた。


 中庭の中央にある建物の扉を開けて、爺さんに続いて3人の子供たちが中に入ったので、俺も続いて入った。


 そこは、立派なかまどのある、キッチンだった。

 

 デカい。中世ヨーロッパの貴族なことだけはあって、途方もなくキッチンがデカくて立派だ。


 天井には大きな天窓があり、日の光がさんさんと入ってきてる。伯爵じいさんと子供たちはそのままキッチンを通り抜けて左の廊下に出た。


「さあ、子供たち、ここから入って玉手箱を持ってくるんだ。」伯爵爺さんはそう行った。


「玉手箱?」

 俺は、聴き慣れた言葉が出てきたので、はあ?と思った。

「浦島太郎の物語に出てくる、あの玉手箱?」俺は思わず聞き返した。


「そうかもしれん。わしもよう知らん。しかし、宝の箱らしいぞ。」

 伯爵爺さんはそう言った。


「いや、あれは日本昔話の中ではレア中のレアで、よくない話なんですよ。亀を助けた挙句に、お礼に結果的に爺さんにされるという、亀に騙されるような話で。」


「玉手箱って、良い箱じゃないです。決して宝ではないんです。」

 俺は思わず伯爵爺さんに言った。


「知らん。取ってこい!」

 伯爵はそう言って、目の前にある扉を開け放ち、子供たちを力づくで押した。


 子供たちは悲鳴をあげて、扉の向こうに落ちていった。


 落ちた!なんか、今落ちたよね?


 待て!ピーター、ジョージア、レオ!!!!

 

 俺は助けようとして咄嗟に扉の向こうに手を差し伸べた。そこを伯爵に蹴られた。


 いやー、今、爺さん、俺の尻を蹴ったよね?


 うわア!!

 

 俺も扉の向こうに落ちた。


 そこは、サバンナだった。嘘だろう?サバンナじゃん・・・


 地平線かなたまでどこまでも見渡せる草原に、3人のボロをきた子供たちと、俺は呆然と佇んでいた。


 振り返っても、飛び込んだはずの扉は跡形もなく消えていた。

 

 あれって、どこでもドアなの?俺は、うつろな心の中で思わずつぶやいた。

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