1. 始まり(颯介)

 俺は26歳のサラリーマンだ。システム会社に勤めていて、保険会社のシステムのアプリベンダーさんという位置付けで、毎日、毎日、システム設計やコーディングをやっている。


 毎日の楽しみは、帰ってゲームをすることと、朝出社した時に6階ですれ違う田中さんと一緒のフロアで働いていることだ。朝だけでなく、時々廊下ですれ違う。田中さんは眼鏡をかけていて、とても地味だが、すごく仕事ができるという噂だ。


 最近は、会社から取るように言われた資格試験の勉強で帰ってからもゲームをする時間があまりなくなり、楽しみは、毎日這ってでも会社に行き、なんとか田中さんと同じフロアで働くということだけだ。それだけで、モチベーションを維持していた。


 こんな俺だが、今時珍しいかもしれないが、海外旅行に行ったことがない。大学時代はバイト三昧で、海外旅行なんて考える余裕も興味もなかった。

 

 ちなみに俺はケンタッキーフライドチキンでバイトをしていた。クリスマス前後は狂ったようにチキンをあげていたし、夏休みもバイトは超忙しかった。


 田中さんがニューヨークにお盆休暇前後の夏休みでニューヨークに行くという噂を聞いた。


 俺はなぜか無性にニューヨークに行きたくなった。一人旅行でいきなりニューヨークだ。どうなんだろう?考えているうちに、今時普通ではないか、と思った。


 英語は普通だ。普通だから、なんとかなるだろうと思った。しゃべれない日本人が大挙して海外に行って無事に帰ってきているんだから、俺の社会人生活で一度も海外の人と話したことが無いレベルでも、なんとかなるんじゃないか。


 だいたい、学生時代にバイト先のケンタッキーフライドチキンに来店した外国人とは普通にカタコトの英語でなんとか喋ってたし。いいんじゃないか?このままで。


 そう、現地でばったり田中さんと偶然会えれば、ちょっと盛り上がるんじゃないかと思ったのは事実だ。


 でも、同じ時期にニューヨークに行くってなんかすごい。自分としては、それだけでモチベーションが爆上がりだ。変な俺でごめん。


 ネットで検索して、航空券の往復チケットをとって、ホテルも予約した。まあまあの散財だ。でも、マックのパソコン買ったりするのとあんまり変わらない気分だ。


 というわけで、俺の一人ニューヨーク行きは決まった。そこで巻き込まれる冒険なんて、全く知るよしもない。俺のモチベーションは、全て田中さんなのだから。変なやつで本当にごめんよ、自分。


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