第4話 全ての始まり

「……え?」


 予想外の到着地に、思わず開いた口が、塞がらない。山口? 福岡のすぐ隣じゃないか。反射的についさっきまで乗っていた、新幹線でのアナウンスを思い返す。そういえば、小倉の次が徳山と言っていた。その時点で気づくべきだった。四国にしては近すぎるし、早すぎると。


 けれど仕方がない。新幹線に乗ってから気づくことだったし、仮に新幹線の中で気づいていても手遅れだった。よし、後悔先に立たずと言うし、まずはここでどう過ごすかを考えないといけない。


 良くも悪くも躍起になっていた俺は、何でも良い方向に考えずにはいられなかった。というか、後悔の連続で、そういう風に考えないとやっていけなくなっていた。そうだ、せっかくだからこれからの出来事を記録に残しておこう。なんとなしにそう思った。今後、何か利用価値が生まれるかもしれないと。写真を撮って記録に残したりすることは出来ないからせめて、文字にしよう。


 改札横にあるベンチに腰を下ろすと、都合よくノートをもってきていたことを思い出した。さっそく今までのことを記そうとリュックに手を伸ばした。ここで、いつもなら常備している筆箱を、家を出る直前に置いてきたことに気づいた。


「……ははっ」とうとう、自分の情けなさに笑ってしまった。


 だけど、これも旅の醍醐味なんだ。予定調和なんて、面白くない。道のないところを歩いて、自分だけの道にするのが楽しいんじゃないか。


 俺は駅構内にあるコンビニで、黒のボールペンと朝食用のチョコスティックパンを買うと、ベンチに戻ってきた。さっそくノートに、現在までの出来事を記し終えると、今後のことを考えることにシフトした。まず何よりも先に考えたのは、どうやって山口で過ごしていくか。そして体の清潔をどう維持するかだった。具体的な優先順位は一に清潔、二に食事、三に睡眠だった。睡眠の順位が低いのは、寝床は拘らずに野宿すればいいから。食事は、いまあるお金を切り崩しながら、最低一日一食で生活すればいいと思っていたから。その他は特に気にしていなかった。よって、問題は清潔面だ。まず服。服自体は替えがあるからいいが、洗濯できるコインランドリーを探さねばならない。体は深夜に公園で洗えばいい。ならボディソープとシャンプーが必要だ。あとは歯ブラシくらいか。


 そんな世紀末的考えで、今後の山口での生活プランは立てられた。


 方針が決まり、初めて新幹線の外から出て、山口を見た感想は「落ち着く」だった。それは、タクシーが行列店に並ぶ客のように、今か今かと我慢する様子で駅前に並び、そしてバスが駅から出てきた客を根こそぎ持って行く、まさに慣れ親しんだ地元の駅を彷彿とさせるものだったからだ。


 しかし、すぐ右手の路地から先は完全に別世界だった。路地を覆うアーチ状の屋根、ジャンルを問わない多くのお店。そこには、洒落た繁華街が広がっていた。標識には銀座通りとある。その名に相応しいだけのお店が立ち並んでいた。


 まず初めに目についたのは、ドラマに出てくるようなレンガ造りの喫茶店。パッとしか見ていないが、ここは絶対帰りに寄ろうと目星をつけた。先に進むと、福岡ではもう見ることのなくなった個人営業の文具屋、あとは毛糸屋なんてのもあった。


 ただ、そういった古風なお店ばかりでなく、ハンドメイドでオリジナルTシャツが作れるお店や、新鮮で食欲を掻き立たせる濃ゆい橙色のサーモンの乗った海鮮丼をデッカくプリントした魚介専門店があったりなど、福岡にはない面白そうなお店がたくさんあった。


 そんな感じで、立ち寄ってみたいお店は沢山あったけれど、ふと我が身を振り返り、今の自分は明日の生活を確保するので精一杯であるということを思い出した。ここで悠長に観光などしていたら、時間は瞬く間に過ぎ、きっと今夜は路地裏で寝るとかといった、不衛生極まりない日の跨ぎ方をすることになるだろう。まぁ、公園で寝るのもさして変わらないと言われたら、ぐぅの音も出ないが。


 とりあえず右も左もわからないので、道なりに進んでみることにした。誘惑を断ち切るように、足早に繁華街を抜けると、今度は対照的に車が激しく行き交っている。大通りだった。繁華街から垂直に両側二車線と、広々伸びている大通りだったが、それ以外に何にもなかった。途中に、飲食店やコンビニがあってもおかしくないはずの距離なのに。先の方まで見てもただ道路が続いているだけ。もしかするとあの繁華街が山口で言うところの都会だったのかもしれない。目前が一気に殺風景になった。


 絶望的な状況に抗うように自分に鞭を打って、アスファルトの地面をひたすらに歩き続けた。時間にして、二十分ほどだろうか。なんと、右手に大きな商業施設が見えてきた。これは、今までの不運に同情してくれた神様の慈悲だ。ありがたい。思わず天を仰いだが、容赦のない日光に、より一層強く照り付けられただけだった。


 中に入ると、冷たい水にぶっかけられたように冷風が体の隙間を潜っていった。屋内の冷房は、体の熱だけでなく、旅行テンションで浮かれていた熱も冷ますようだ。

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