第3話 目的地は何処へ?

 自由席の窓から過ぎ去っていく故郷の景色に、特別抱く感情はなかった。俺はこういったとき、自分の生まれ育った街を眺めながら、自然に想いを馳せるものだと思っていた。けれど、今は福岡から一時(いっとき)離れていっているだけなのだ。しかも行き先は四国、そう遠くはない。だから、想いを馳せる——なんて言葉は正しくない。


 ただ、今日まで過ごしたあの土地に全てを押し付けて、逃げるように飛び出てきた。俺は、今までの自分の生活を置き去りにした。


 その事実だけが、車内の隅々まで行き渡っている冷房より、ずっと骨身に沁みた。


 思いのほか徳山への到着は早かった。まだ一時間も経っていない気がする。俺は時間を確認しようと、普段スマホを入れている右ポケットに手をつっこむが、ない。次点で、左ポケット、リュックの中まで確認してからようやく、持ってきていないことを思い出した。あほらしい。もう、スマホを置いてきたことを失念していた。自分が無意識にどれだけ文明の利器に頼っていたのかを痛感する。けれど、今日からこの状態がデフォルトになるんだ。もっと気を引き締めなくては。


 ドアが開き、期待と好奇心を胸に、俺は生まれて始めて徳山の地を踏んだ。未知の場所に胸を高鳴らせながら、自分と同じ目的地の客はいるのかと辺りを見回してみたが、ここに降りている人はほとんどいなかった。その時、隣の車両から女性が、カツッ、カツッ、とヒールを軽快に鳴らしながら、キャリーケースを引いて出てきた。出張、だろうか。世間的には今日は平日、社会の皆さま、それぞれ己が仕事に就き始める頃合いだろう。そして、それは例外なく自分もだ。本来であれば、今頃は学校に向かっている時間帯だろう。


 ふと頭に、自分は一体何をしているんだ——そんな言葉が生まれて、現実の二文字を容赦なく投げつけてきた。しかし、いやこれでいいんだ。俺は福岡から離れたこの遠方の地で良い出会いを見つけて、人生の分岐点にする。大袈裟でなく本気で、俺はそう思うことで、無理やり自分を納得させて、止まっていた足を進め始めた。


 しかし改札を抜け、始めに出迎えてくれたのは、〝ようこそ山口へ〟とデカデカとゴシック体でプリントされた大弾幕だった。

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