第2話 その根拠はどこから?

 大掛かりな下準備は特にしなかった。二日分だけと服と、二枚のタオル。新しく買うのも面倒だから、服は着まわせるだけを用意した。そして、一年前に買った長財布。中身は、これからのことを考えると心許ない金額だった。それらを、登校用御用達の黒いリュックサックに詰め込んだ。サブポケットに表紙の剥げたノートが一冊入ったままだったが、気に留めず外出用の身軽な服に着替えて準備を終えた。

 

 あとは、最後に一つしておかなければならないことがある。いくら成人しているとはいえ、自分はまだまだ、親のすねをかじって学生をさせてもらっている身分である。親と学校には、簡潔に事情を説明する文面を作成した。内容は、とりあえず家を出るということ、スマホは持って行かないから、連絡は取れないということ。それぞれにメールを送信すると、今までの醜い自分と決別するように、スマホを郵便ポストに放り込み、自宅を後にした。


 始めに向かったのは、県内で一番の規模を誇る駅——博多駅だ。ここには商業施設からアミューズメント施設まで幅広いジャンルが取り揃えられている。そして、それだけの施設をあますことなく利用するだけの人の群れが出来ている。他県では駅と隣接されているような施設が、駅と合併しているのだ。余所からくれば、ここだけで都会に見えるといっても過言じゃないし、もはやここが福岡県の全てに見えるだろう。福岡=都会というイメージも全て「博多」とその周辺の地区が担ってくれているおかげである。それ以外の地区に特筆すべき点を思いつかないというのが一地元民の意見だ。


 博多駅に着くと早朝にも関わらず、行き交う人で駅の先の方は見えなくなっていた。普段来る休日とは違って、今朝は険しい顔をして、足早に改札口に向かう濃厚色のスーツ姿で溢れかえっている。そんな人混みに気圧されながらも、とりあえず向かったのは、新幹線の切符売り場だ。


 隣の県にくらいなら電車でも行けるのだろうが、今はとにかく遠くへ行きたかった。観光の雑誌が並び揃えられているマガジンラックと共に新幹線のエリアを見つけると、六台ほどの切符が売られている電子端末を見つけた。さっそく目的の四国の都道府県を探した。なぜ目的地が四国かというと、以前ネットで〝自然が綺麗、観光におススメ〟という記事を見かけたからである。そんないい加減な理由だったが、画面をタップしていき各都道府県行きの切符購入の欄までたどり着いた瞬間、問題が発生した。目的地の選択のどこにも四国らしき県名が表示されていないのである。小・中・高で成績が下から数えたほうが早かった自分でも、その中に四国の県名が表示されていたら分かる自信があった。


 しかし、画面とにらめっこして数十秒……四国どころか、分かる都道府県が一つとして見当たらなかった。こんな時にスマホがあれば一発で解決するのだろうが、今までの自分と切り離すために置いてきたのである。こういったイレギュラーくらい承知の上だ。


 しばらくして、これはそれぞれの県で、新幹線が停車する地区の名前だとピンときた。なんでそんな当たり前のことに気づかなかったのだろう。新幹線が必ずしも、自分の知っているところに停車するとは限らないじゃないか。だったら当然分かるはずもなかった。県庁所在地ならまだしもマイナーな地区なんてわかるわけがない。

   

 これはどうしたものか、駅員に聞くのも一つの手だが、それじゃあ面白くない。辺りをうろうろしたり、画面を凝視したりと繰り返すこと数十分、目的地欄の「徳山」といった文字に見覚えがあることに気づいた。そうだ、四国にそんな県があった気がする。幸い、料金も財布に優しかった。いつ福岡に帰ってくるかも決まっていないのだ、出費は少ないほうがいい。ここに行くしかない。即決で俺は徳山行きの切符を買うと、一目散に新幹線乗り場の方に向かった。乗り場前の電光掲示板には、七時十五分に到着と表示されている。隣の針時計が指し示しているのは七時十分、五分後だ。間違いない。神様の啓示だ、徳山でいい出会いがあると神様が言っているんだ。


 そんな根拠のない自信と切符を手に、俺の世界一無鉄砲な一人旅は始まった。

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