五小節目 ベールを脱いだ強者

 「ぐあああああああああああああああああああ!!!」みやうちのヘッドギアに高圧電流が走る。

 宮内の体は数秒間フリーズし、そして倒れ伏した。失格を告げるブザーが鳴り響いていた。

 「勝負あり! 第一試合勝者、くろたけひろ!!」第一試合はあっけなく終わった。

 勝者の黒木は最終審査に進出確定。あとたった一勝すれば、栄光の舞台・東京ドームでの演奏権と、フリージア・エンターテイメントとの契約権が手に入る。

 しかし、黒木は勝利に喜ばなかった。喜べなかった。そこにいる全員が茫然自失としていた。

 「ああ……ひとつ言い忘れていたことがある」そのざきがニヤニヤした顔で口を開いた。

 「ブザーを鳴らしてしまった者は、ヘッドギアに高圧電流を流され、数秒で『脳死』する……!! お前ら、早くそいつを運べ!!」園崎の命令で黒服が宮内の体を回収する。

 「そして、おめでとう黒木君。一足早く二次審査突破だ……!!」そう言って園崎は立ち尽くす黒木に拍手を送った。


 「……ないでしょ」


 誰かがそうつぶやいたのを、園崎は聞き逃さなかった。

 「ん? 誰だ、私に対して文句を言ったのは?」一気に不機嫌そうな表情を見せる園崎。

 「そんなのないでしょ……!」声の主はさくらだった。

 「やめろ桜井……」とうが止めようとするが、桜井は止まらない。

 「一か月で借金を返すって話だったじゃないすか……強制労働とかかと思ったら、いきなり殺されるなんて、そんなのおかしいじゃないですか!?」桜井は涙を流していた。

 「何を言う、貴様……」園崎は軽蔑の視線を桜井に向ける。

 「たった一か月で800万などという大金を稼げるわけないだろう? 無一文のお前らが簡単に金を用意する方法と言ったら、臓器を売るくらいだ。一次審査で落ちたメンバーは、既に臓器の摘出が行われているだろう」突然告げられる衝撃の宣言。

 それはつまり、バリケードのギタリスト・づかはるが二度と演奏をすることはない、ということを示していた。

 「は? ふざけんな手塚を殺したのか!!?」思わず高橋も声を荒げた。

 バリケードのメンバーだけではない。十九人の中にはあの八十人の中に置き去りにした仲間を持つ者が大勢いた。広間内の空気はほぼ最悪だった。

 「気づかなかったのか? 我々の目的は初めからお前たちの臓器だ。臓器というのは高く売れる。借金を返すどころか何千万円は余るだろう。もちろん、余った金はお前らの家族に渡そう。一家の恥がいなくなり、さらに大金が手に入るのだからこんなにうれしいことはないだろう!! それよりお前たち、死人の心配より自分の心配をした方がいいぞ? 次にを失うのは誰かってね! アハハハ!」挑戦者たちは思った。(園崎は俺たちのこと煽ってんのか? それともまさか本気で面白いとでも思っているのか……?)

 高橋は怒りで頭が真っ白になりそうだったが、園崎に殴り掛かる間一髪のところである疑問が浮かんだ。

 (なぜじまさんは強制労働なんて嘘をついたんだ? 俺をからかってんのか? それともシステムが変わったのか?)高橋が児嶋の顔を見ると、朝は飄々としていた児嶋が、青ざめた顔をして何か考え込んでいた。

 そして、次のルーレットが始まろうとしていた。

 「さあ第二試合の抽選だ! ルーレットスタート!!」回転する二つのスロット。

 今度は固唾を飲んで見守るどころではない。次に脳死するのは自分かもしれないと恐怖におびえる者が多数、中には腰を抜かす者もいた。

 そして、第二試合の対戦カードが決まった。


 「第二試合、児嶋さとしVSバーサス桜井すすむ!!!」

 「お、ワシの番やな」児嶋は手をポキポキ鳴らしながら前に出る。

 桜井は無表情で前に出た。(ここまで来た以上、後戻りはできない。こうなったら全力で生き残って見せる!)

 「頑張れ、桜井!!」「絶対勝てよ!!」残った高橋と伊藤は桜井を応援した。

 奇しくも一次審査一位通過と二位通過の対戦に、挑戦者や観客にも興奮が走る。

 「そして、課題曲ルーレット、スタート!!」円状のルーレットが回転する。

 回転は徐々に勢いを失い、針に止まった曲は……

 「課題曲、AM/PMで、『天国の地下鉄』!!」AM/PMとは、オーストラリア出身の五人組のバンドである。

 桜井はドラマーなのでドラムを運んでもらった。

 一方児嶋の手にはマイクが握られていた。

 「ボーカルだったんですか」準備をしながら桜井が児嶋に問いかける。

 「そうや。ワシは歌上手いで~?」挑発的な声で返答する児嶋。

 そして双方の準備が整い、いつでも始められるようになった。

 「『天国の地下鉄』は最初にリズムギター、ドラム、それからボーカルや。お前さんの好きなタイミングで始めてくれ」

 「わかりました(命がかかってんのに……なんであんなに余裕そうなんだ)」思わずアフロを弄る桜井。そして8ビートでリズムを奏で始めた。

 そしてボーカルパートに入り、桜井は今まで半分軽く見ていた児嶋のことを一気に警戒するようになったのである。


 "Living easy!! Living free!!"先程までの飄々とした態度からは想像できないようなハスキーで伸びが良く通ったボーカル。

 桜井はびっくりしてスティックを取り落としそうになったが、決してリズムは狂っていない。その証拠にブザーは鳴っていない。

 桜井だけでなく、この戦いを見守っていたほぼ全員が驚愕した。

 これが一次試験を一位で勝ち抜いた男のボーカル。その声はAM/PMのリードボーカルそのものだった。


 高橋、伊藤両名は、桜井の命の行く末を見守っていた。

 しかし、高橋の脳内には、先ほど聞いた園崎の声が反響していた。

 『一家の恥がいなくなり、さらに大金が手に入るのだからこんなにうれしいことはないだろう!!』この台詞が、どうしても高橋の脳内にこびりついていた。

 (家族が喜ぶだと? いきなり大金を渡されたら普通は戸惑うはず……それにいくら一家の恥だろうと、家族がいきなり死ねば多少なりとも動揺するはずだ……! それなのに園崎はしている。そもそも「ライフ・オア・ライブ」は今回で三回目……家族の死と大金を得るという朗報を同時に伝えて、喜ぶ家族を見てきたのか……? すべての家族がすべからく喜んでいたというのか……??)


 桜井のドラムに合わせて児嶋が歌う「天国の地下鉄」はいよいよサビに突入する。

 "I'm on the subway to haven!! On the subway to haven!!"児嶋のテンションは最高潮に達し、桜井もそれに影響され、だんだん空気がヒートアップしていった。

 人間、音楽を聴くとテンションが変わる。ハイテンションな曲なら気分が高揚し、ローテンションなら気分もまた沈む。そしてテンションが上がると不用心になり、思わぬミスをすることがある。

 しかし、この二人はそうではなかった。児嶋は音程が高いサビ部分を難なくこなしている。桜井も決してリズムを崩さず、一歩も譲らない姿勢を見せる。


 そして、ついに……


 "And I'm going down...... ALL THE WAY!!!"最後の盛り上がりを全身で発声する児嶋。ドラムを連打する桜井。シンバルの音が小さくなり、やがて余韻だけが残ると、"I'm on the subway to haven......"ドドドンとバスドラムが鳴り響いた。

 結果は引き分け、勝者無し!!

 「おめでとう!! 両者ともに完奏だ!! 素晴らしい!!」園崎は上機嫌そうに二人に拍手を送った。「やはりパーティーはこうでなくては!! 本当に素晴らしい!!!」

 周りの黒服たちも拍手を送る。挑戦者は気づかないが、観覧席から見ている観客たちも拍手していた。

 桜井はスティックを持ったまま右手で額の汗を拭った。そして児嶋の方をチラと見た。

 児嶋もまた、桜井の方を見ていた。児嶋は変わらず不敵な笑みを浮かべていた。

 「おっしゃああ!! まずは耐えたぜ桜井!!!」伊藤は自分のことのように飛び上がって喜んだ。

 「……んだ」高橋は何か小声でつぶやいた。

 「……どうした、高橋?」高橋の異変に気付いた伊藤が声をかける。

 「俺たちは見捨てられたんだ……!」高橋はさっきよりもはっきりと言葉を口に出した。

 「見捨てられた……? な、なに言ってんだお前。誰が見捨てたってんだ?」高橋の心境が読めず伊藤は困惑する。二人のやり取りを聞いていた他の挑戦者達も困惑する。

 そして、高橋は叫んだ。誰も知らなかった、知られるべきではなかった、闇オーディション「ライフ・オア・ライブ」の真相を!!

 「家族だ!!! 俺たち挑戦者はみーんな、家族に売られたんだ!!! そうだろう、園崎!!!」高橋の顔は苦悶で歪んではちきれそうになっていた。

 高橋の絶叫に皆はさらに困惑する。「どういうことだ……」「家族が俺たちを見捨てた……?」「嘘だ……母ちゃんが俺を見捨てるわけねえだろ……!」全員の疑問に答えを示したのは、勿論、園崎だった。


 「その通りだよ、高橋君」園崎の威厳ある声を聞いて、全員が園崎に注目する。

 「君達はこのオーディションをどうやって知った? フリージアのホームページには『ライフ・オア・ライブ』の『ラ』の字も書かれていなかった。全員がEメールで知ったはずだ。なぜだかわかるか?」なぜだかわかるか、という問い。

 人が何かを問うときは二つ。一つは本当に物を知らず、相手に情報の共有を乞う時。

 もう一つは、何も知らなかった相手が真実に辿り着こうとしたとき、それを後押しするときだ。

 その真実がとても非情で、残酷だった場合……それを知ったとき彼らはどんな顔をするだろうか。そのリアクションを楽しむために、あえてこう言った問いを投げかける者もいる。

 「一次審査を受けた百名は全員、事前に各々の家族から『この世から消し去ってくれ』と頼まれた者だ。」

 高橋らを除く数人は、園崎のその言葉を理解できなかった。

 「詳しく説明するとだな……まず全国の世帯に無作為にEメールでアンケートを送る。内容は『血縁者に消えてほしい人はいますか?』という質問文と、誰が消えてほしいか、その理由を書く欄だ。名前を書いた世帯は抽選で100世帯に1000万円をプレゼントする。それが真相だよ。それで音楽に没頭しているという理由で消えてほしければ、そこで我々の出番というわけだ」

 「やっぱりそうだったのか……」高橋は顔を俯き、拳を固く握りしめた。彼の頬に一筋の涙が伝った。

 「俺は……昔から母ちゃんには迷惑かけたよ……俺は父親の顔を知らねえ……早くに離婚してから、母ちゃんは女で一人で俺を育ててくれた」

 「高橋……」伊藤が心配そうに高橋の肩を抱く。

 「高校卒業してから上京するって言った時も大喧嘩になった……でも俺は……ロックでビッグになって母ちゃんに恩返ししようと思ったんだよ。なのに……こんなことって……!!」


 「ふふふ……ふははははは!! 高橋君、君は大バカ者だよ。正真正銘、空前絶後の馬鹿だ!!」その様子を嘲笑する者がいた。無論、園崎である。

 「ロックでビッグになって恩返し!? ハッハッハッハ!! 君達いつまで夢を見ているつもりかね!!? それができなくてここにいるんじゃないか!! まあ、万が一にもこのオーディションで生き残れたら、その夢が現実となるのだから、せいぜい頑張り給え!!!」

 「……園崎ィ!!!」高橋はもう我慢の限界だった。ステージ上まで十メートル強、高橋は園崎めがけて走り出した。

 しかし、三、四歩も走ったところで黒服たちに捕まり、羽交い絞めにされてしまった。

 高橋はぶつけられない怒りを持て余していたが、何とかそのエネルギーをオーディションで消費しようとした。


 「桜井!!! 絶対負けんじゃねーぞ!!!」


 桜井はスティックをテーブルに置き、横目で高橋を見た。桜井の目もまた、園崎に対する憎悪とオーディションに挑む思いで満ち満ちていた。


 「当然だ!!!」



六小節目 鈍る感覚 に続く

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ライフ・オア・ライブ 江葉内斗 @sirimanite

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