二小節目 一次審査

 「……どうやら全員分の誓約書が揃ったようだな」百枚の誓約書を確認するそのざき

 結局、たかはしはバリケードのメンバーに催促されて誓約書にサインしてしまった。

 しかし、高橋は覚悟を決めた。

 どんなオーディションが待ってるかは知らないが、このオーディションをクリアして、絶対に東京ドームで演奏してやるんだ、と。

 「さて、今からオーディション会場に移動する。全員を十人ずつに分けるから、一組ずつ外に出ろ」園崎の命令を受けて黒服たちが動き出す。

 十人の黒服は、百人の挑戦者に一人ずつ、ゼッケンを配った。

 ゼッケンは白地に赤数字、白地に青数字、黒字に黄色数字など、十通りに分かれていた。

 バリケードの四人は幸運にも同じ白地に緑数字のグループに組み分けられた。

 園崎の指示に従って、まずは赤組、続いて青組と、順番にスタジオの外に連れていかれる。

 「なあ桜井、俺たちどこに連れてかれんだ?」とうさくらにささやくように尋ねる。

 「知らねーよ……まあおそらくはフリージアの上層部しか知らない秘密基地かなんかじゃねーの?」アフロを弄りながら桜井が答える。ちなみに桜井がアフロを弄るのは不安の表れであるということは、メンバー全員が知っている。

 「緑組、外へ!」「おっと、俺たちの番か」バリケードの四人を含む十人が立ち上がって、扉から地上を目指す。

 (ったく、赤組とか青組とか、小学生の運動会じゃあるまいし……)づかは心の中でそう思っていた。


 十人が外へ出ると、道路で待ち受けていたのはなんとカーゴトラック。

 間違いなくどこか知らない地へ連れて行く気満々である。

 「ここで所持品検査を行っている。携帯や時計、その他危険物はここで没収する!」荷台の入り口で待ち構える二人の黒服。

 ここで挑戦者たちはボディチェックを受け、さらに目隠しをされ、真っ黒で窓がついてないトラックの荷台に乗せられる。

 十人が乗り終わると、荷台の扉が閉まり、トラックは発車した。

 これからどんな場所に連れていかれるのだろうかと、十人は心底不安であった 。

 ……いや、一人だけ、既に覚悟を決めた人物がいる。

 高橋だ。

 高橋の目は、目隠しで隠されてはいるが、ライフ・オア・ライブに応募した時と同じように闘志に燃えていた。

 彼には勝算があるのだろうか? それは本人以外の誰にもわからない。

 十台のトラックは、外の世界の誰にも注目されないままどこかへ走っていく……



 どれほどの時が経っただろうか。

 トラックの荷台が開き、緑組のメンバーが一人ずつ黒服に誘導されて出てきた。

 そのまま長い廊下を歩かせられ、どこかの部屋に誘導されたところで、緑組の目隠しが取られた。

 数時間ぶりに目に飛び込んできた光にたじろぐ十人。

 目が慣れた彼らが部屋を見渡すと、そこには十個の椅子と長テーブル。そして白紙の五線譜・シャープペンシル・消しゴムのセットが十あった。

 「席に着け」いつの間にか来ていた園崎の号令で二列五席の椅子に座る十人。

 「只今より、一次審査を始める」園崎が十人の前で説明を始めた。


 「今から音楽を流す。その内容を楽譜に書き写す。ただそれだけだ」園崎より説明があったソルフェージュのテスト。音楽大学の入試にも使われるオーソドックスな試験だ。

 「音楽は一度しか流さない。制限時間は20分。私を含む五人の審査員による判定で、他の組を含めた百名のうち上位二十人が二次審査に進むことができる。無論、カンニング等の不正行為を行ったものは即時失格とする。説明は以上だ」挑戦者たちはいろいろと質問したいことがあったが、質問すれば一蹴されることはわかりきっているので黙っていた。

 「では、試験始め!!」園崎の声で一斉に聴き耳を立てる挑戦者たち。

 二秒後、スピーカーから音楽が流れ始めた。

 長さは一分程度、ピアノ独奏による♩=90くらいの曲だったが、曲が流れたとたん十人は困惑した。

 (なんだこの曲は!! 和音が複雑すぎる!! こんなのわかるか!!!)そう、ソルフェージュのテストと言えば、単音旋律、二声の旋律、和音が普通である。しかし、その定石を無視した無茶苦茶な音。

 挑戦者たちはシャープペンシルを取り、一心不乱に音を五線譜に書き写した。

 そのうち何人かは、そもそも楽譜を読む能力すらなかったので、本気で頭を抱え、絶望に陥った。

 バリケードのメンバーはというと……

 (フゥ……結構情報量が多いけど、なんとか行けそうだ)これは高橋の心の声である。高橋は作曲担当で楽譜の扱いには慣れているため、苦戦しながらも着実に解いている。

 (ここはF、ここはC、ここでDmのアルペジオが来て……そうだ、ここはスタッカートを入れたほうがいいかな)桜井はバリケード一の知識枠である。音大への進学も視野に入れていた彼にはこれくらい造作もないことだ。

 一方、手塚と伊藤は…… 

 (クッソなんだこれ!! 全然音がつかめねぇ……やっべ聞き逃した!! ああどうしよどうしよどうしよ……)手塚は頭を掻きむしりながら半ばヤケになって試験に取り組んでいた。

 そして伊藤はこのように考えていた。(……………………………………………………………………死んだな、俺)

 シャーペンが紙を走る音と時計の秒針の音が挑戦者たちをさらに焦らせ、時は加速しているように感じられ……



 二十分の制限時間はあっという間に過ぎた。

 「試験終了!! シャープペンシルを机に置き、何もするな。解答用紙が回収されるまではだ!」園崎の声で、十人が一斉にシャーペンを手から離した。

 「あ゛~終わった終わった……」「6番!! 私語は慎め!!」園崎の喝で、試験終了によって気が抜けていた挑戦者に改めて緊張感が走る。ちなみに6番とは高橋である。手塚が5番、伊藤が7番、桜井が8番であった。


 試験が終わった十人は黒服に連れられ、大広間のような場所に連れてこられた。

 そこには二十人以上の黒服と、すでに試験を終え一息ついていた赤組、青組、黄組、計三十名の挑戦者がいた。

 「これからお前たちは自由時間だ。ここには軽食と飲み物と漫画程度は用意してある。審査が終わるまで大人しくしているように。言っておくが、脱走などという愚かしいことは考えるなよ。そんなことをしてみたら最後、緑組全員失格とみなす!!」そう言い残し、園崎は扉を力任せに閉めてどこかに行った。


 「……ああああああああ……やべぇ……どうしよう俺……」園崎がいなくなった安堵感からか伊藤が床にへなへなと座り込んだ。

 「おい伊藤! 大丈夫か!?」倒れこむ伊藤を高橋が支える。

 「高橋、手塚、桜井……俺はもう駄目かもしんね……」伊藤の声に気力は一切感じられなかった。

 「そ、そんなこというなよ!! 確かに試験は難しかったけど、俺だってた、多分落ちてるし……万が一お前が落ちても、お前だけが落ちるわけじゃないんだぜ?」手塚が伊藤のもとによって慰める。

 その時、伊藤の様子が豹変した。

 「そんなこと知るかよ!!!」伊藤は急に立ち上がると、手塚の両肩をつかんで思いっきり叫んだ。

 伊藤の急変にメンバーのみならず、他の挑戦者たちも戸惑っていると、伊藤はさらにブレーキが壊れた列車が暴走するかのように言葉を連ねた。

 「借金500万だぞ!!? それも無茶苦茶な利息で!! それを八月二日に返さなきゃならないってどうやって金用意するんだよ!! それにもしバリケード全員が落ちたとしても、もはやそんなこと関係ねーだろ!! どうせ誰かが肩代わりしてくれるわけじゃあるめーし!!?」そのまま手塚を殴りに行く形相だったので、数人の黒服が伊藤を抑え込みに入った。

 「このオーディションに参加しちまった以上、ほかの挑戦者のことなんかきにしてられっか!!  お前らだってそうだろ!!!?」床に組み伏せられた伊藤が他の挑戦者たちを見渡す。

 「てめえらが何人のグループで参加してんのか、それとも一人ソロで来てんのかはしらねーけどよ!! お前らだってそうだろ!!! 自分のことだけ考えて、いざとなりゃあ長年付き添ったメンバーだろうと切り捨てんだろ!!? そりゃそうさ、俺がそうだからな!!!」


 「いい加減にしろ!!!」今度は手塚が声を荒げた。


 「俺たちは一緒に東京ドームで演奏しようって誓い合った仲間じゃねーか……!!見捨てるわけねーだろ……伊藤! お前がいなきゃ、誰がベース弾くんだよ……」手塚の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 手塚に続いて桜井も「そうだよ……ここにいる四人、どんなことがあっても誰も欠けちゃいけねーんだ……! もし誰かがこのオーディションに落ちても、この中の誰か一人でも合格しさえすれば、残りのやつらも救ってやる……それが『仲間』ってもんだろ?」と、涙ながらに自分の心境を吐露した。

 「手塚……! 桜井……! 高橋……! ごめんな、俺は、お前らのこと信用しきれてなかった……!!」

 「大丈夫だ。」伊藤の謝罪に、高橋が微笑みながら返す。

 「誰しもこんな状況に陥ったらパニックになっちまうよ。俺だってそうさ……テストの結果がものすごく心配で心配で、心臓がバクバクしてんだぜ……! だけどな、俺には最高の仲間がいるから……伊藤、お前がいて、手塚がいて、桜井がいるから……! だから少しだけ希望が見えるんだ……! 俺たちは必ずオーディションを制して、そして東京ドームのステージに立つってな!!」そういいながらやさしく伊藤の手を握る高橋。

 伊藤を取り押さえていた黒服も空気を読んで離れる。

 「ありがどう……み゛んな……!!」伊藤は感情をこらえきれず、高橋の胸に飛び込んで男泣きに泣いた。

 高橋も、伊藤を抱きしめながら泣いた。

 そこに手塚、桜井も加わり、四人で互いに抱擁しあった。

 ……自然に拍手が沸き上がった。

 それは、この騒動を見ていた挑戦者たちによる、無意識の感動からなる拍手だった。



 そんな中、一人心の中でこの状況を不快に思っていたものがいた。

 (フン! 何が仲間だ。下らない茶番でぶち壊しやがって。このオーディションの名前忘れたのか? 『ライフ・オア・ライブ』だぞ? 負けてライフを差し出すか、あるいは勝ち残って最高の舞台で演奏ライブするかっていうことだ……勝ち残って仲間を助ける? 無理に決まってるだろ! 敗者には死!! それがこのオーディションのルールなんだ……!!)そしてのちに、このオーディションに混沌と衝撃をもたらすのである。



三小節目 何も知らない中で に続く

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