第9話

「…………ようやく、終わったねぇ」

「………………うん」


事件のあった水族館の復旧工事が進んでいる、と話すアナウンサーの声を聞きつつ、東風谷くんと並んでテレビ画面をぼんやり眺める。

正直言って今回の任務は、事件の真っ只中よりも事件収束後の方が大変だったように思う。何しろ人気の大型施設、そのメインとなる部分がほとんど全壊。イルカたちは何とか救出したものの、水族館復旧まで別の施設に預かって貰わなければならない。たとえ無事復旧し水族館の営業が再開したとしても、今回の事件は白昼堂々、かつ大勢の人が巻き込まれた。だから水族館側は警備体制の見直しと、しばらくの信用回復に努めなければならないだろう、と御船さんは言っていた。

そういうわけだから、連日ニュースでてんやわんやと騒ぎまくり。しかも、騒いでいるのは一般社会だけではなく、園芸局側もだ。

犯人の男が持っていた寄生花やどりばなの〝種子〟の入手ルート。これを洗ったところ、園芸局の天敵とも言えるカルト集団、万花教ばんかきょうの手引きだったことが発覚。犯人の男本人も信者だったそう。これについては納得。あの男、〝植木鉢〟になった一番最初、選ばれたーだとかなんとか宣ってたし。

兎にも角にも、万花教ばんかきょうの影が見えたからには、少しでも捕まえる手掛かりを、と園芸局は上を下への大騒ぎと相成り、私や東風谷くんも駆り出される始末。なんなら、一般社会より園芸局の方が騒ぎになっている気がしてきた。

だがしかし! 私たち二人は、つい今さっきの時点で任された仕事を全て終わらせたのだッ!!


「ああ~~~~ついに解放された~~~~。娑婆の空気は美味しいぜ~~~~」

「……それ、使い方違くない? 多分だけど」

「ふっふっふっ! そんな細かいことはもう気にしなくって良いのだよ東風谷くんッ!! 解放感さぁいこー!! バンザイ!! いやっふぅー!! 織部いさな、ただいま地獄より帰還いたしましたァ!! 書類仕事なんざウンザリなんじゃいクソがぁ!! ……あれ? 東風谷くん、どうかしたの?」


そんなふうに私が膨大な仕事量から解き放たれたことの解放感と、連日連夜重ねまくった徹夜からくる謎のハイテンションで、大きく伸びをして、椅子をトランポリン代わりにジャンプしまくり、挙げ句部屋中を何周も跳ねて回り、その全てに高笑いのオプション付きとかいう奇行を惜しげもなく披露している真っ最中。

東風谷くんはと言えば、どこか暗い表情で俯いて、見るだけで分かるくらいにハッキリしょんぼりしていた。私は原因に心当たりがあらず、どうしたのだろうかと首を傾げた。


「うーん……もしかして、万花教ばんかきょうに関する手掛かりがゼロ・オブ・ゼロで落ち込み中? ならそんなに気にしなくても、奴らに関してはノー手掛かりなことも珍しくないって、御船さん言ってたよー?」

「いや、それについては、まっっっったく気にしてないけどね?」

「Oh……そうですかい……」


だいぶ強めの否定だった。ちょっと傷付いた……しょぼん。


「ただ……その……」


が、打って変わって東風谷くんはモゴモゴと言い淀む。ええい、いったい何だって言うんだ。はっきり言ってくれよー。


「あー……あの、さ……」

「はぁい?」

「…………い、」


い?


「イルカショー……織部さんは、あんなに見たがってたのに……って、思って……」


…………へ? イルカショー?


「……えっ? 気にしてくれてたの?」


返って来た意外過ぎる答えに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

確かに私は第一級危険指定封印物を暴走させた責もあって、封印課に逆戻りまではいかなかったけれど、一度は緩んだ外出制限が再び厳しくなる運びとなった。

もう一回水族館を訪れるのは…………不可能とまでは言わないが、また都合よく任務で水族館に行かされることがなければ難しいだろう。

でも……東風谷くんが気にすることじゃないのに……。


「全然気にしなくていいのに! 別に、水族館に行かなかったから死ぬってわけじゃないしさ!」


そう明るく言ってみたけれど、私の声音に反して東風谷くんの表情は、どうしてだか暗いままだった。

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