第8話

ショーの会場から駆け出して、まっすぐ行った通路の突き当たり。

その場所で、私は会場へと繋がる出入口に体の正面を向けて立っていた。

深く、深く息をして、その身に巣食う寄生花やどりばなを起こしながら、私はこの部署に来るきっかけの事件を思い返していた。





――――織部いさなには、かつて心の底から慕った相手が二人いた。


ワスレナグサの刀たち、とは、既に言ったように三振りの副産物のことを指す。つまり織部以外にも二人、ワスレナグサの刀たちの管理者を務める人間がいる筈ということになる。それが織部の慕った相手だった。幼い頃、右も左も分からずにいた織部を導いてくれた恩人たちだ。幼い織部は少し年の離れていた二人のことを、それぞれお兄ちゃん、お姉ちゃん、と呼び慕い、時間の許す限り彼らに着いて回った。それはもう、周囲の大人たちがカルガモの子供に幻視してしまうほど、彼ら二人にくっつき回っていた。

三人で過ごす日々は暖かくて優しくて眩しくて、とても楽しかった。もし心が目に見えるものであったなら、あの頃の自分の心は、それはもうせわしなく跳ね回っていたに違いないと織部は断言出来る。

やれ飲み物の好みはどうだとか、やれラーメンはどの種類が一番美味しいかだとか、やれたい焼きは何処から食べるだとか。下らないことで手も足も口も出る喧嘩をしては翌日にはけろっとした顔でお互い仲直りして。剣の師匠に三人してぼこぼこにされ、床を転がる羽目になり、容赦ない師匠に対して異口同音に文句を吐いて悪態ついて、怒った師匠に揃って仲良くゲンコツを食らったりして。三人で結託して管理課の職員に悪戯を仕掛けて失敗したり成功したり。その度にバレては、三人並んで大目玉を食らうまでがワンセット。

大きくなったらきっと今より外出制限が緩くなっている筈だから、そのときは三人でおでかけしよう、なんて約束もした。…………結局は果たされることはなかったし、そもそも何処へ行くかでまた喧嘩が勃発してしまったから、予定すらきちんと立っていなかったのだけれど。

歯車が狂い出したのは、二年前のこと。

万花教ばんかきょうと呼ばれる寄生花やどりばなを至上のものとして信奉するカルト集団が、管理課が当時所有していた封印用倉庫を襲撃した。その際に、織部が「お姉ちゃん」と呼び慕っていた彼女は、他ならぬ織部を庇って凶弾に斃れてしまったのだ。

このことがきっかけで織部は復讐……というよりも、自分への逃避と自罰を兼ねて、対策課への異動届を出し続けていた。最近「お姉ちゃん」の後釜も決まり、対策課が人手不足を声高に叫び続けたその甲斐あってか、ようやっと二週間ほど前に異動届が受理された。というのが、織部いさなの異動理由の正体。

幸か不幸か、織部はこのカルト集団の襲撃のときに寄生花やどりばなに宿主にされていた。込められた花言葉ねがいは『貴方を忘れない』。可愛らしいシオンの花の形をした寄生花やどりばなだった。織部は、大好きなお姉ちゃんを忘れないため、お姉ちゃんをみすみす死なせた自分の罪を、一生涯呪うためにその願いを胸に抱いた。

シオンの寄生花やどりばなの能力は、見たことのある他の寄生花やどりばなの能力を模倣すること。異動してきたばかりで事件に関わった回数が少ないことが災いし、あまり真似できる能力はそう多くはないけれど。

それでも、シオンの寄生花やどりばなの能力が強力無比である事実だけは、疑いようのない真実であることは間違いない。そこに第一級危険指定を受けたワスレナグサの刀たちのうちの一つたる脇差が上手く組み合わされば、非常に恐ろしくも頼もしい兵器のできあがり、である。

そしてさらに、織部いさなには今、尋常でないほど強力で、決定的な切り札を持ち合わせている。東風谷もこれがあるからこそ、貧乏くじを自ら引きに行った。


それすなわち――――ガーベラの寄生花やどりばなの能力。


運良く前日についた任務にて手に入れていた、この花の能力は直接的な助走距離が長ければ長いほど、相手に被弾した際の一撃の威力が上がる、というある意味シンプルな能力。

ショーの会場出入口まで伸びる、長く真っ直ぐなこの一本の通路。東風谷に誘導された結果、会場の奥の方で暴れ回る〝プランター〟との距離。


「人間爆弾って言葉は昔、本で見たことあるけれど。この場合は多分、人間弾丸、とでもいう方が正しいのかな。あーでもなんか、それだと語感がなぁ、なーんか微妙な感じになっちゃうなー」


会場から響く〝プランター〟の声。あまりにも人から離れ過ぎたその咆哮に、今はまだ遠くに霞む自分の末路もなのかもしれないと思えて、一抹の不安を覚えてしまう。そのときにふと、耳の奥に遺るお姉ちゃんの言葉を思い出す。


――――いさな。お姉ちゃんが寄生花やどりばなに屈しない、魔法の言葉を教えてあげる。


「模る花はガーベラ。込められた花言葉ねがいは『常に前進する』――――!!」


〝プランター〟の核を狙って全力で疾走しながら、お姉ちゃんから教わった言葉を精一杯、力強く言い放つ。


「『人間は養分なんかじゃないんだって、お前らに証明してやるよ』!!!」


こうして私は一つの弾丸となって通路を走り抜け、サンシュユの〝プランター〟の核を貫いた。



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