第6話
第一級危険指定封印物・ワスレナグサの刀たち。
かつて、ワスレナグサの
大太刀、打刀、脇差の三種で構成されるそれらは総じて、『私を忘れないで』という
一番の好物が
難点は二つ。一つは他のどの副産物よりも管理する人を選ぶこと。一度管理者が死ぬと、次代の管理者を見つけるまでに年単位の時間が掛かることなどざらにある。そしてもう一つは、管理者が肌身離さず身に着けていなければすぐさま暴走してしまうくらい封印が脆いこと。過去、様々な方法で試みたが、これ以上強固な封印は出来なかったらしい。
暴走した場合の答えは――――すぐ、目の前で行われている。
「ぐっ……う、うああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
男の右腕を成していた植物が、脇差の刺さっている箇所から溢れて舞う蒼い花弁に吞み込まれていく。堪らず男が絶叫し、脇差を抜こうとするが
「僕が行って取ってこようか? 黒のチューリップの力なら、あの花吹雪を掻い潜ってあそこまで行けるから」
「ダメ。管理者じゃない人が触れたら、その人の全てを喰らい尽くされてそれで終わり。……どうにか私が行けないかな」
東風谷くんに無茶を言っているのは痛いくらい分かってる。
「私の失態だ。詫びなら後からいくらでもする。今はあの脇差を何とかしないと……辺り一帯、更地になるじゃ済まないんだ……っ」
「…………ああ、分かった」
東風谷くんの答えに、知らず知らずのうちに俯けていた顔を、がばっ、と勢いよく上げて彼の顔を見た。
彼の表情に浮かんでいるのは……あまりに穏やかな、状況に不釣り合いなほど穏やかな微笑み。その表情と同じ穏和な声音で、彼は言う。
「僕が君を連れていく。君は手を伸ばしてあれを掴むことだけ、考えていてくれ」
東風谷くんが手を差し出す。意図が掴めず私が首を傾げると、彼はへらりと笑ってみせた。
「手、繋いでた方が負担が少なく済むんでね。嫌だろうけど、ちょっとの間だから、我慢して欲しい」
「別に、嫌じゃないよ。……ごめん、ありがとう」
彼の手を取って、息を整える。二人で目を合わせて頷いてから、彼が告ぐ。
「この身に宿す花は黒のチューリップ。込められた
途端、私達の周囲を激しく黒い花弁が舞い踊る。
「走れッ!!!」
東風谷くんの叫びに呼応して地を蹴る。元より人外じみた身体能力を持つ私たちだ。男との距離はすぐに縮まった。
脇差に手を伸ばす。もう少し、もう少し、もう少し――!!
「届いた!!」
脇差を引き抜いたことに安堵し、笑みが零れる。…………が。
「GYAAAAAAAAAA!!!!!」
「!!?」
突然、男の身体が大きく肥大し、東風谷くんともども吹き飛ばされ、元は観客席だった瓦礫に背中から着地してしまった。肺から息が多く吐き出る。
「東風谷くん!!」
「…………あ、はは……い、きてる、よ」
弱々しい緩慢な動きではあるものの、東風谷くんは無事なようだ。ホッと息を吐き、我に返って男……だった化け物を見る。化け物は理性を失った様子で、こちらのことなど目もくれず、周囲の物を目につく端から破壊して回っていた。
「くそったれ、このタイミングであいつ〝植木鉢〟から〝プランター〟になりやがった……!! ああいや、十中八九私が脇差から離れて所為で、脇差が暴走したことが大きな原因なんだろうけれどもさぁ!!」
悪態をついて、取り戻した刀を持って正眼の構えを取る。あの頑丈さで〝プランター〟のタフさを兼ね備えているとなると面倒臭いなんてものじゃないな……。
「…………織部さん」
「東風谷くん?」
よろよろと立ち上がった東風谷くんに、固い声音で声をかけられた。〝プランター〟から目を離さず答えを返す。
「何かな?」
「会場の出入口……その先はそこそこ長い真っ直ぐな通路になってるから。昨日のガーベラの……君の
「! ……いやでも、その作戦で行くにはあいつを足止めしておく役が必要で、」
「僕がやる」
驚いて衝動のままに化け物から視線を外し、東風谷くんを見てしまった。彼はふざけた様子もなく、至って真剣な目つきでサンシュユの〝プランター〟を睨んでいる。
「……いいの? 任せても」
「へーきへーき。真正面からやり合うんだったら、黒のチューリップに頼る必要もないしね」
「……分かった。死なないでね」
「はいよー」
おどけた返事を最後に、彼に背を向ける。
攻撃が当たらないよう注意しつつ逸る気を抑えて、私は走り出した。
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