第5話

勢いよく間合いに飛び込み、殴りつけてきた相手の力を利用するようにして位置替え。男の背後に回り込むことに成功する。そして、素早く身を低くして男の両の膝裏を僅かに斬りつける。


「うざってぇんだよ!!」


男が振り向いて拳を振るってきたから、背後に跳んで回避。


(ワンチャン膝裏は防御が薄いかと思ったのに……ダメだな。負わせた傷が浅過ぎる。あんなの、寄生花やどりばなに寄生された奴には痒みほどのダメージもない)


向かってくる男のパンチを横に跳んで避けつつ、頭の中で作戦を練り直す。

気の遠くなる作業になるけれど……表面に見える植物の、茎と茎の隙間を斬り続けるか。どんなに寄生花やどりばなの再生能力が高かろうと、必ず再生限界はあるのだから。寄生されたばかりの時は確かに全身が全能感に満たされるが、如何な〝プランター〟も〝植木鉢〟も、不死身には成り得ない。

一人脳内作戦会議を終わらせ、男に向かって突貫する。


「はははっ、まだ向かって来るかよ、嬢ちゃん!!」


男の嘲りの声は無視。何の技巧も感じられない男の殴打をかわし、いなし、避けながら、植物になった男の腕の表面を、そこにある隙間を縫うように斬って薙いでを繰り返していく。決して集中を切らさないよう、神経を尖らせ続ける。


「ああくそ!! ちょこまかとうざってぇ!!」


男の悪い気が溜まっていく。それによって最初より格段に読みやすくなった攻撃に対処しながら、ひたすら隙間を斬り続ける。

斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、ただひたすらに斬り続けて――――。


「こんの、小娘がぁっ!!! いい加減にしやがれ!!!」


永遠にすら思えた作業の最中、突然男が吠えた。次の瞬間、男の右腕がさらに肥大したかと思うと、脇差が半ばまで吞み込まれてしまう。回避は間に合わない。


「しまっ――!!」

「ははははは!! 潰れちまえ、小娘ぇ!!」


持っていた刀から手を放す前に、刀ごと地面に叩きつけられる。増した膂力を真っ向から受けたことで、口から空気だけでなく血が零れる。


「ぁぐっ!?」

「そうだ、これでいい、こうあるべきなんだ!!!」


身体強化で身を固め、攻撃を食らいながら、頭をどうにか回す。

まずい、まずいまずいまずい……!

焦燥と痛みで余裕のなくなる思考の中、ふと視界の端に黒い花弁が舞う。あれは、なんだっけ……?

記憶を辿り寄せようとした瞬間、目の前の男が誰かに鳩尾を蹴られて吹き飛ばされ、目の前に黒髪の少年が姿を現した。


「織部さんっ、大丈夫!?」


そうだ、誰かじゃない。東風谷くんだ。彼の寄生花やどりばなは黒いチューリップ。込められた花言葉ねがいは、そう、確か……『私を忘れて下さい』だったはず。彼は能力の使用中、存在を希薄に出来るのだとか。だから忘れていたんだ。

徐々に明瞭になっていく思考。周りを見れば、避難は完了している。私は、ふらふらと立ち上がって東風谷くんに力ない笑みを返す。


「怪我の方は全然平気~。それよりも、だいじょばないのは……あっちの方だよ」


私が示した先には、件の男――の右腕に突き刺さっている、私が管理者を務めている副産物の脇差。


あれ、管理者から一定距離以上離すのは厳禁なんだよ。だから肌身離さず持ってたのに……」


あーあ、という声が口から付いて出た。第一級危険指定を受けた副産物を暴走させたとあっちゃあ、いよいよ本気で軟禁状態に置かれるかなぁ……イルカショー、全部見たかったのにな。

なんて、現実逃避をしてみても残念なことに現実は変わらなかった。

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