第4話
「っ! 東風谷くん!」
「あそこ。真ん中らへんの男の人」
苦さや悔しさを無理矢理呑み下して、隣にいる彼の名前を呼ぶ。呼ばれてすぐに意図を察してくれた東風谷くんは、音の出処を指し示してくれた。
その方向には、白のTシャツにカーキ色の長ズボン、シャツの上から灰色のパーカーを羽織った中肉中背の男の姿。ぱっと見は町中にいくらでもいそうなおっさんである。――植物で構成されている常人ならざる大きさの右腕と、観客席を破壊した跡なのだろう破片が足元に転がっていなければ、という但し書きが残念ながら付いてしまうが。
「ふ、ふはははは!! やった、選ばれたぞ……! 選ばれたんだ俺は!!」
男は要領を得ない言葉を叫んだかと思えば、高笑いをしながら観客席を破壊していく。当然、人々はパニック状態だ。
「きゃああああっ!!!」
「
「逃げろ、逃げろおおおお!!!」
人々が我先にと出入口に殺到する。このままじゃまずい。でも。
取る行動を決めかねていると、男が人々の中心へと破壊した椅子の一部を投げつけた。
「っ、あの野郎……!」
咄嗟にリュックから
「織部さん、僕は逃げ遅れた人のフォローに。観客は紛れてた園芸局の職員が水族館の職員さんたちと一緒に誘導してるから」
「分かった。私はあいつの足止めしとく」
「ん、了解。気を付けて」
その言葉の後に東風谷くんの気配が掻き消える。彼に宿った
再び跳躍。ぴったり男の真正面になる位置に着地。刀を正眼に構えて、男と向き合う。
向き合った男は私に気付くと高笑いを止め、怪訝な声を上げる。
「んんー? なんだぁ、嬢ちゃん。そんな物騒なもん引っ提げて」
「こんにちは。貴方の凶行を止めたいと思っている者です。……これ以上の自己紹介は、必要かな?」
「いんや、いらねぇなぁ。つーことは嬢ちゃん、園芸局のヤツだろ? 敵だってわかりゃ充分。ったく、せっかく楽しいところだったのによぅ」
「それはこっちのセリフだと思うのだけれどね。……まあ、いい」
目の前の男がにたり、と嗤う。反対に、私は笑みを削ぎ落とす。…………開戦の合図は、要らなかった。
「悪く思うなよぉ!! 嬢ちゃん!!」
男が叫び声を上げて突っ込んでくる。直線的でなんの捻りもない。動きに何らかの武道の影は見られない。戦闘に関してはド素人。
脳内でそう結論を出し、突っ込んできた男の力を軽くいなしてカウンターに一太刀食らわせる。
――が。
「なにこれ、硬い……!?」
その隙を狙われ、腹にパンチをもろに受けてしまう。
「っか、は……!」
観客席に背中から突っ込んだ私を見下ろして、男はせせら笑った。
「ふははははは!! 硬ぇだろ!? これが俺の手に入れたサンシュユの力さ!! 込められた
その辺に口に溜まった血をぺっと吐き捨て、舌打ちをこぼす。相当に厄介な能力の相手とぶち当たってしまったようだ。くそが。
「はぁぁぁ……まったく、今日は厄日だ」
「ははははは!! 投降するなら今のうちだぜ嬢ちゃん!! そうしたらせいぜい可愛がってやるよぉ!!」
「ハッ! 貴方に私は高いよ。他当たってくれる?」
「口の減らねぇ嬢ちゃんだな!! 良いぜ、地面に這いつくばらせてやるよ!!」
今のところ、勝ち筋はまったくもって見えないけれど……戦うしか手はない。最低でも入場者の非難が済むまで耐えきらなければ、この水族館内は血の海に沈んでしまうのだ。それだけは、絶対に御免蒙る。なら……やるしかない。
深く呼吸をし、刀を構え直して、今度はこちらから向かっていった。
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