第3話
「東風谷くん東風谷くん! 急がないとイルカショー、始まっちゃうよ!」
「いや、もとはと言えば織部さんが他の魚に夢中になり過ぎて時間がギリギリに……あー、はいはい、そう引っ張らなくても行きますよー」
なんだか東風谷くんの態度が雑になっている気がしなくもないけど、今はそんなことよりイルカショーだ!!
ショーの会場に二人で駆け込み、慌てて席を取る。後ろの方になってしまったが、見えるのでモーマンタイということにしておく。
「あーあ、もうちょっと前で見たかったなぁ~」
「なら、さっきのエリアをもう少し駆け足で通り抜けたら良かったのに」
「だって、面白かったから、つい……」
なんて会話をしていると、会場内に音楽が流れ出した。
軽快なメロディーと共にあいさつ代わりとばかりにイルカたちが一跳ね。途端、上がる軽い歓声。
『ご来場頂いた皆様、長らくお待たせいたしました! これより、当館自慢のショーの始まりです! どうぞ最後までお楽しみください!』
放送機器越しの職員の声が会場内に響き渡り、否にも応にもテンションが上がっていくのが自分で分かる。
『それでは、一緒に頑張る仲間たちをご紹介しましょう! まずは、バンドウイルカのルル!』
名を呼ばれ、トレーナーから合図を受けたイルカが軽くジャンプ!
ばしゃりと水飛沫が上がって歓声!
その後も、順にイルカたちの名前が呼ばれては、呼ばれたイルカがジャンプ、からの観客の歓声が上がっていた。
『……以上! 今日はこの子たちと共にショーを盛り上げて行きたいと思います! 皆様、最後まで応援を、どうぞよろしくお願いいたします!』
「わぁぁぁ……! ついに始まったね、東風谷くん! ……東風谷くん?」
感動に突き動かされるようにして隣をみる。……しかし、隣に座っていた東風谷くんは無表情でイルカたちとは別の方向を見ていた。
怪訝に思い、もう一度声をかける。
「東風谷くん、どうかした?」
「……いや? 何でもないよ。それよりもほら、ちゃんと見てないと。せっかくのショーを見逃しちゃうよ? ずっと見たかったんだろ?」
「え、あ、う、うん……」
引っかかるところはあれどそれを言われてしまっては、この場でそれ以上の追求も出来ず、しぶしぶ促されるままに前を見る。そこでは、ちょうど進行役の人が再び声を上げているところだった。
『さあ皆様、続いてのパフォーマンスです。ごゆっくりお楽しみください』
音楽が変わり、それに合わせてイルカたちの動きも変わる。軽やかなそれから、ゆったりとしたものへと。
訓練された動きで二匹のイルカがすいすいと、水面近くを優雅に泳いでいく。一連の動作にはジャンプのような華はなくとも、音楽も相まって充分感嘆に値する美しさが感じられた。
泳ぎ終えると、一人のトレーナーが水槽の中へ飛び込む。少しして、そのトレーナーはイルカの背に乗って現れた。そのままぐるりと水槽の外側を一周。水飛沫が綺麗に弧を描く。
「わぁ……っ!」
他の観客からも感嘆の声が零れ落ちる。と、続いて流れる音楽のサビに合わせるように、イルカたちがまるで踊っているかのような動きを見せた。
さらには曲の盛り上がりに合わせ、トレーナーを鼻先に乗せての大きく伸びあがるように立ち泳ぎ。歓声と拍手が会場に響く。
その後も音楽に合った動きで、水飛沫をあげ、くるくると回転しながらの立ち泳ぎを見せ、トレーナーを背に乗せて泳ぎ回り、合唱曲を歌うように鳴き、中央で華麗なジャンプを披露するイルカたち。
それはまるで、夢の中にいるとでも錯覚してしまいそうな時間で。息も忘れて私は見入ってしまった。最初で最後になるだろう夢を、絶対に忘れないために瞬きの間すら惜しんだ。
不意に、脳裏に懐かしい声が蘇る。
――――イルカショーは必ず見るべきだよ! 絶対忘れられない思い出になるから!
(確かに、忘れられない思い出になりそうだよ……お姉ちゃん)
そして、司会役の職員の声が一際大きく響いて耳朶を打つ。
『お次はいよいよ、このショーの目玉!! イルカたちによる大ジャンプです!!』
最高潮に達した観客の期待のざわめきが会場を満たし、イルカが跳ばんとしたまさにそのとき。
どがん、と。
先程の司会役の声よりも、今までの観客の歓声よりも、イルカたちの合唱よりも。
何よりも大きな、一般の人々にとっては非日常の始まりを告げる爆音が、私にとっては日常に変える合図が、忌々しい音律で鳴り響いた。
さあ、夢の時間はもうおしまい。
ここからは――――現実に戻る時間だ。
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