第1話
「さぁさぁ、今日も元気に仕事だよ! 織部くん、東風谷くん! 気張ってくれたまえ!」
それを聞いた私、
「またですか? 昨日の今日で……」
「まただとも。入ったばかりの織部くんは知らないかもしれないが、うちは年がら年中人手不足だからね! 第一、織部くんの異動理由が人手不足解消のためだったしね! 故にこの事態は致し方ないと言えるのだよ!」
無駄にいい笑顔でサムズアップした御船さん。思わずしそうになった舌打ちを、仮にも上司であることを思い出して、どうにかすんでのところで呑みこむ。
そこで、隣に立っていた昨日任務を共にした黒髪の少年、
「……それで? 次は何処に向かえばいいんですか?」
その質問に対し待ってましたとばかりに、先程より喜色を増し増しにした笑顔になった御船さんは、元気いっぱいに白い歯を見せて答える。
「それはもちろん――――とある水族館さ!!」
今日は休日だということもあり、家族連れやカップルらしき二人組など、人が多く行き交う施設。外観は青を基調としており随所に水生生物のイラストも見受けられる。
そう! 都内某所にある水族館に私と東風谷くんは来ているのだ!
「早く早く! 急いで! 早く行こうよ!」
「ま、待って織部さん、水族館に入るには先に入場券を買わないとダメだから……!」
「え、そうなんだ? じゃあ早く買わなきゃだね!」
半ば東風谷を引きずるようにして売り場へと向かい、御船さんに渡された代金を使って二人分の入場券を買う……というか、東風谷くんが買ってくれた。恥ずかしながら、私は買い方が分からなかったので……しょぼん。
十代半ば程の年齢の二人組だから、もしかしたら若過ぎて不審がられるかも、と思ったがそんなことはなく、すんなり買えた。高校生ぐらいなら普通にいるからかな。
軽く思考に耽っていると、東風谷くんが入場券を渡してくれた。
「はい、これ。あと、中では騒がないようにね?」
「そうなの? わかったよ」
「…………さっきから思ってたんだけど、もしかして織部さんって水族館初めてな感じ?」
「初めてだよ! でも、楽しい所だよって前に教えてもらってたから、ずっと来てみたかったんだ! そういう東風谷くんは?」
「前に御船さんたちに連れられて、一回だけならね」
「へぇ! 楽しかった?」
そう訊ねたとき、私の目には東風谷くんの笑顔がとても空虚なものに変化したように映った。
そして、彼の地雷を踏んでしまったかもと焦ると同時に、その笑顔を見た私の胸の内に、突然理由の分からない焦燥が渦巻いて、彼に何か声をかけなきゃいけないような気がして。けれど、私がそれらを形にして口に出すより先に、その笑顔のままの東風谷くんが口を開く。
「…………さあね。僕はそういうの、よく分かんないから」
「っえ?」
「さ、早く入るんでしょ? なら行こっか」
「あ、ああうん、そう……そうだね」
少し変な空気に成りはしたものの、最初とは逆に私が東風谷くんに引っ張られるような形で、私は念願だった水族館への入場を果たすことが出来たのだった。
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