私が、人間であることの証明

遠槻 伊奈

プロローグ

春眠暁を覚えず、という言葉を実際に体感したくなるほどに柔らかい陽射しの下。

暖かい春風に乗って色とりどりのガーベラの花弁が儚く舞い散る。


「これは私の考え、でしかないんだけどさ」


その花吹雪の中心にほど近い位置で、私は話しながら一振りの刀を鋭く振るった。


「きっと、彼ら〝プランター〟と、私たち〝植木鉢〟の間には、違いなんてこれっぽちもないんだよ」


斬りつけられた巨大な植物のような、それでいて獣のような、どちらともつかない化け物――〝プランター〟が目の前で声とは呼べない悲鳴を上げる。


「どちらも寄生花やどりばなというイカれた植物に寄生された哀れな犠牲者であり、どちらもとうに気が狂った奴らなんじゃないかな。……こうして話している私も含めて、ね」


最期の悪足掻きとばかりに〝プランター〟が伸ばしてくる腕を、私は一刀のもとに斬り伏せる。


「まぁ今のところ、主流の説だと、〝プランター〟は狂気に呑まれていて、〝植木鉢〟は正気を保っていること、その精神的な部分が違いだ……なーんて言われてるけど。私にはどうにも、寄生される前と後で自分が変わった感覚が拭えなくって。……東風谷くん、貴方はどう思う?」


黒い花弁と共に現れた黒髪の少年が、もう動けなくなったガーベラの〝プランター〟の核を手に持つナイフで刺し貫いた。ナイフが引き抜かれると、〝プランター〟は地響きのような音を立てて倒れ、それきり動かなくなった。


「僕はそういうの、どうでもいいから、なんとも。それより織部さん、さっき吹っ飛ばされてた腕は大丈夫?」

「ああ、もう再生してるよ。ほら、この通り。……それにしても、こいつは少し厄介だったね。直線的な助走距離が長ければ長いほど、一撃の威力が上がるなんてさ。おまけに無駄にすばしっこいやつだったし」

「? 相対する奴はいつも、大体このくらいの強さが多いけど」

「……マージか。私、ここでやっていけるかなあ」


二人の会話を遮るように一際強く風が吹く。途端、先程までとは比べ物にならない量のガーベラの花弁が空へ舞い上がる。

巨大な化け物の身体が花弁に覆われ、一瞬、その姿を見失う。

花弁が晴れた後には既に、あれほど巨大だった化け物の姿はなくなり、数枚の花弁が残るばかりとなっていた。



――――寄生花やどりばなに宿主にされた者たちの末路は決まって同じ。肉も骨も何一つ遺りはしない。全て花が持っていく。自分たちの養分として。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る