降下する思い出
「おかーさーん! 有隣堂の動画!」
最近娘は毎週火曜を楽しみしているようだった。横浜の老舗書店、有隣堂のYouTube動画が面白い、らしい。仕事を頑張る理由が増えたと嬉しそうだ。私はスマホやパソコンとは縁遠い生活を送っていたので、見ることはなかった。今日に限っては娘が画面を押し付けてきた。
「もしかしたら、お母さん知ってるんじゃない? このエレベーター」
エレベーター?
『今日は伊勢崎町本店に来ているんですけれども、業務用のエレベーターにぜひ乗ってみてくださいと言われましてですね。築64年らしくてですねものすごい古いんですよね、このビル』
伊勢崎町本店の有隣堂は久しく行っていないけれど、エレベーターなんてあったかしら。
――鳥は鳥でも、ミミズクっていうんだよ。
誰かの声がふっとよみがえる。
――R.B.ブッコロー。ブッコローのほうが言いやすいな。
私は、何か大切なことを忘れている気がする。もう、画面に釘付けになっていた。
ガシャンと蛇腹の扉の閉まる音、昇降中のエレベーターのカタカタという音。
カタカタカタ。
私の記憶の深いところにエレベーターが降りていく。
――パパとママに会えて良かったな。うまいカレー食って気を付けて帰るんだぞ。
くるりと踵を返したブッコローから、オレンジ色の羽がはらりと落ちる。
「ブッコロー、はね!」
拾ったそれは、ふわふわしていてまだ暖かかった。
「あげるぜ、その羽。栞にでもしてくれ。ブッコローの羽は幸せを運ぶんだぜ」
ガシャンと蛇腹の扉が閉まる音が遠くで鳴る。
あの本だ!
長年開けていなかった和箪笥の上戸を引く。ずらりと並ぶ本の1冊。
――本は心の旅路
迷わずそれを引っ張りだした。深呼吸をして、表紙をそっと開く。
オレンジ色の羽があの時と変わらない鮮やかさで、ふわふわとなびいた。
嘘と思い出はエレベーターとともに 西尾 @nishiomaru
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