昇降するミミズク

 カメラに収めることがこんなにも緊張するものだとは考えたこともなかった。

「今日は伊勢崎町本店に来ているんですけれども、業務用のエレベーターにぜひ乗ってみてくださいと言われましてですね。築64年らしくてですねものすごい古いんですよね、このビル」

 私の他に広報の渡辺さん、上司の間仁田さん、エレベーターを紹介してくださる社員の鈴木さんがいた。

 間仁田さんは十二月に配信予定の地球儀の回を控えており、今回の収録を見学に来ていた。私が緊張していたのは、上司が来ていたからではない。私がカメラを回すことになってしまったからだ。「反応がおもしろそうだから、岡崎さんがブッコローとエレベーターに乗りませんか」渡辺さんの提案だった。


「ほんとに乗らなきゃいけないですか?」

 渡辺さん、鈴木さんがそろって首を縦に振る。私はというと、少し気おくれしていた。なんたって、64歳のエレベーターだ。年長者の働き者を信じられないのかと罵倒されそうだが、この世には定年退職という言葉もあるのだ。

「わかりました……」

「扉を手で開けてください」

「えっ、手で開けたことないですよ」もちろん、私もない。

 鈴木さんに誘導されるまま、私たちはエレベーターに乗り込んだ。まず水色の外扉をスライドして開ける。そのあと、蛇腹の中扉を開く。エレベーターの中に入ると、ミミズクが鉄臭いと文句を言っている。エレベーター起動の前に、まずは水色の外扉を閉め、そのあと蛇腹の中扉を閉める。目指す階のボタンを押せば、エレベーターはぐんぐん上ってゆく。エレベーター内部側の外扉には数字が貼ってあり、自分が今どの階まで上がったのか分かるようになっている。「5」という数字が見えたと思ったら、ガクンと止まった。

「うっわ、こっわ! 着く瞬間ヤバ……」

 蛇腹の中扉を開け、水色の外扉を開けた鈴木さんは「5階に到着でーす」と涼しい顔で言う。

まるっきり陽が当らず窓もないこの場所は、無機質でじめじめしている。未だに64年前の空気を抱えているのではないかとすら思う。

「これ見てくださいよ。5階に着いているのに、4.5階になっちゃってるもん目盛りが……」

 ブッコローの指す方に向くと、確かにエレベーターの上で階数を示す針が4.5を指している。「ほんとだー」と涼しい顔で鈴木さんが笑う。そんな細かいところ誰も見ていませんでした、というようだった。5階での撮影を終え、再び1階に戻った。打合せでは、この後、ブッコローと私だけでエレベーターに乗り2階に上がり、降りてくる予定だ。


 1階に着くと渡辺さんが「おかえりなさーい」と声をかけた。まるで某テーマパークのようだとブッコローは喜々としてツッコむ。上司がいないのが気になった。終電まではまだ時間があるはずだ。飽きて帰ったのだろうか。

「あれ、間仁田さんは?」

「お手洗いに行きましたよ」渡辺さんが後ろの通路を指さす。

「それじゃあ、ブッコローと岡崎さんだけでエレベーターに乗ってください。私たちは2階で待っていますね」

 私は頷いてエレベーターに向き直りカメラを構える。ブッコローが扉を開けた。

「あいっ……! 痛ッテェ……!」

 蛇腹に羽を挟んだブッコローが悲鳴をあげ、私たちは腹を抱えて笑った。

「蛇腹の物って触らないからさぁ、令和だと」

 カメラがブレないように必死で笑いをこらえるも、それが余計に笑いを誘発してダメだった。これがブッコローの調子を崩したのか、彼は2階ではなく5階のボタンを押してしまった。

「いや2でよかったわ。なんで5階押したんだろう。到着する瞬間も嫌なのよ」

 4の数字が上から下に流れていく。そして、5階。

 ガクン――ブッコローの言葉を借りるなら、グギン!――と止まった。

「んんっ……!もう嫌だよ……」

 5階はさっきと同じでしんとしている。

 渡辺さんたちは2階で心配しているだろうか。しかし、目盛りを見て「4.5階」に来てしまったと分かるし大丈夫だろう。そういうことで、私たちは1階に戻ることになった。

 怯えながらもエレベーターのコツ(?)をつかんだブッコローは指さし確認をして扉を閉める。階数のボタンを押しても動かないというハプニングもあったが、無事1階に戻ってきた。

「うわー、腰に来る」


 扉を開けると、パタパタという音がして向こうから――お手洗いのある方向から――間仁田さんが近寄ってきた。肩を弾ませている。

「まさか5階に行くとはー」と間仁田さんがへっへと笑う。

 階段から足音がして渡辺さんと鈴木さんが降りてきた。

「5階に行っちゃってびっくりしましたよー」

 鈴木さんと渡辺さんが顔を見合わせて微笑む。蛇腹の件を思い出した渡辺さんが手で顔を覆って笑いをこらえている。

 収録も終わり、さて帰ろうとしたとき、ブッコローがあの調子で間仁田さんに詰め寄った。



「それで、どうして嘘をついたんですか? 間仁田さん」


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