ミミズクの推理は必ず外れる

 有隣堂伊勢崎町本店の営業終了時間まであと30分の時分、ブッコローは姿を現した。

「ザキさん、お疲れ」

 ひょこっと会釈して挨拶を返すと眼鏡がずり落ちる。

 今日は64年間動き続けるエレベーターの収録を控えていた。閉店間際の書店というのは寂しく、この人気者(?)であるオレンジ色の鳥がいても、騒ぐような人は誰もいない。皆黙々と手にした雑誌や本をパラパラとめくる。背中は丸まり、築年数が古くDIY空調でツギハギした有隣堂の建物に妙に調和していた。


「あの子、見てみなよ」

 ブッコローの翼が、面陳めんちんされた本を眺める、若い女性を指していた。

「紙袋、持っているだろ。中身なんだかわかりますか」意地悪そうなミミズクの目をしている。

「私からだとよく見えませんが、化粧品じゃないんですか」

 女性の右腕にぶら下がっていたのは、コスメブランドの紙袋だった。百貨店でよく見かけるブランドのものだったので、私も知っている。

「男物のベルトだぜ」

 何やらニヤニヤしているので、私は嫌な予感がした。またに付き合わなければいけないのか。

「今から男のところに行くんだ、間違いないね。恐らく前回は彼女の家で会ったんだ。そして男はベルトを忘れた。その男は、そうだな、五十代近いだろう。あのブランドは若い人向きじゃない。

 いわゆるパパ活だと思うかね、ザキさん。

 いいや違う、甘いね。あの子が見ているメンチンの小説は純恋愛ものだ。そんな彼女のことだ。恐らく本気で五十代の彼を愛している。そしてその男はそれを知っているが故に彼女を弄んでいることを苦心しているに違いない」

 ペラペラと一息で喋るブッコローだったが、少しも息切れしていないのは感心する。また始まったと、少し呆れて話半分で耳を傾ける私だったが、こう好き勝手推理を展開するブッコローが嫌いではなかった。むしろ、次はどのような設定で分析するのだろうと、思いのほか楽しんでいた。


 私は最初からわかっている。ブッコローの推理が外れることを。


 彼のマシンガン推理が当たったことは、今の今までで一度もないのだ。

 会計を済ました彼女が、紙袋をレジの台に忘れたまま店を出ようとしていた。ブッコローでは目立つので、私は急いで彼女に駆け寄った。ブッコローのいう通り、男性物のベルトが入っていた。

「忘れてましたよ」

「わっ、すみません。あたし物忘れが激しくて……。助かりました」

 彼女があまりに安堵の表情を浮かべるので、私は事のついでに事情を聞いてみた。

「このベルトって」

「ああ、これ、私のじゃないですよ。上司のベルトなんです」

 まさか! ミミズクの推理があたっているの?

「定年退職する上司が会社の引き出しにベルトを忘れていて。私が今日の送別会で渡す予定だったんですが、忘れちゃって。それで、さっきはそのベルトを持っているのすら忘れて……」

 帰路の途中で彼女がまたベルトを忘れないことを祈りつつ、ミミズクに結果を伝えた。

「くっそ〜、違ったか。今日の僕の推理は光っていたはずだが。ツいてねえな。今週の天皇賞はやめとくかあ」

 悔しそうに頭を掻くと、羽がふわりと落ちる。収録開始の呼びかけに応じて向かう彼の背中に、私はそっと羽を差し戻した。

「悪いんだけど、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「あっ、そっちにお手洗いはないですよ。収録現場と逆方向なんで、急いでください」

「ハァ? こっちにないわけ」

「はい、なので急いでください」

 ぶつぶつと文句を言う彼を見て、私は普段通りの楽しい収録になるだろうと安堵した。

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