中編 ❅幸せを迎えに
氷月たちが『葉都』へと出向している間、緑黎と花檻姫は仲の良い侍女たちを交えて茶会を開いていた。
各々好きな茶菓子や、その茶菓子に合うお茶などを持ち寄っているために、食卓の上は華やかに彩られていた。
空は晴天で、久し振りの庭園でのお茶会に気分も晴れやかだった。それぞれがお茶を楽しんでいるその傍らで、花檻姫は一人落ち着きがないように見えた。
「あの、緑黎様」
日が暮れ、お茶会もお開きとなり片づけを進めていると、遠慮しい声で花檻姫は緑黎の名を呼んだ。振り向き首を傾げて返事をすると、彼女はどこか安堵した様子で緑黎を見つめていた。
何か今日彼女が安堵するような事柄があったのかしら? と緑黎は記憶を辿るものの、答えになりそうなものは思い当たらなかった。むしろ氷月たちのことが心配で不安になる事柄の方が多かった気がする。
「どうしたの?」
「もう、我慢、しなくてもいいです」
「ふふ、何の話?」
もちろん、緑黎には「我慢」という言葉に心当たりはない。だから話半分に返事をしていた。
「夜伽、できます。世継ぎ、できます」
花檻姫が言っている言葉が、脳での処理を拒絶した。
今まで避けてきた話題だった。できなくてもいいと氷月が言っていたから、考えることをやめていた。諦めていた。もし本当に欲しいのなら、養子をもらおうと氷月に相談をしていたほどだった。
その覚悟を、花檻姫は、いとも簡単に崩した。
緑黎は彼女の前で笑えなくなっていた。せめて花檻姫の前でだけは笑っていてあげようと決めていたのに、目の前で微笑む彼女に恐怖を抱いてしまった。
今の花檻姫の瞳の色は、月のように輝いていた。
「……どうしてそう言い切れるの?」
花檻姫に放った言葉は酷く冷えていたことだろう。それでも彼女は引くことなく、恐れず、緑黎と対峙する。
花檻姫は、緑黎の下腹部を指差して言う。
「お腹の痣が無くなりました。もう、大丈夫です。我慢しなくて、いい」
——だから、氷月陛下に、愛されてください。
その言葉を言い残して、花檻姫は頭を下げ、そのまま会場を後にした。そのお辞儀のなんと美しかったことか。恐怖から美しさがより増したような気がして、緑黎は胸が高鳴った。
彼女が消えた会場の室内はしんと静まり返っている。その静けさが妙に緑黎の不安を搔き立てた。
不意に脳裏に再生される、花檻姫の言葉。
『お腹の痣が無くなりました』
緑黎は恐る恐る衣服を脱ぎ、全身が映る鏡の前に立つ。
そこには、つい昨夜まであったはずの呪いの痣が————。
~❅~
緑黎は回想の海から浮上し、深く息を吸い吐くと、そのまま氷月の目の前で上半身を露わにした。
「何を」と、おもむろに衣服を脱ぎ始めた彼女に驚いた様子の氷月だったが、次の瞬間には別の意味で驚きを隠せない表情を浮かべた。
「呪いの痣が……」
「……ええ、消えていたんです」
(あの時の、妙な夜に花檻が何かをしたのか……?)
彼女の痣が消える前兆に、心当たりがあった。花檻姫が寝室に現れた夜のことだ。
確か彼女は緑黎の下腹部に口をつけていた。それがどういう行動なのかはその時は理解不能であったが、今思えば緑黎を呪いから解放するための行動だったのかもしれない。
「……痣が無ければ、もしかしたら陛下と本当の意味で繋がることができるかもしれない、……っ?」
次の言葉を紡ぐ前に緑黎は氷月に押し倒されていた。
(願ってもいないことだ。待ち焦がれていたのは、お前だけじゃない)
氷月は目で言葉を紡ぐと、緑黎の頬を優しく触れた。
「……本当に、いいんだな」
「はい、陛下。もとよりわたくしは、この時を待っておりましたから」
「加減は、約束できぬ」
熱のこもった、いつもよりもやや低いその声に緑黎は腰が砕けそうになる。氷月と同じ気持ちだったことに胸が躍る。
……ああ、やっと。やっとなのね。緑黎は火照る体を抑えられない。
「……仰せのままに。わたくしの、愛しい『氷鷹』」
その言葉を皮切りに、二人は愛し合うことを誓った。
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