第五話
5-1 『氷鷹』の帰還
氷月たちが帰国したのは、会談のあった日の夜中のことだった。
緑黎から帰国の報せを受けたわたしは、彼女と一緒に『氷都城』の玄関に氷月たちを迎える。四人が無傷で帰国したことを、心の底から安堵する。同時に、知らない顔と香紆の腕の中で眠る偃月に胸の奥がざわついた。
「お帰りなさいませ氷月陛下。ご無事のご帰還、心より嬉しく思います」
「ああ。……お前たちも、息災のようでよかった」
氷月は緑黎のことを抱き締める。緑黎は彼の姿を見てホッとしたのだろう、氷月に甘えるようにしてその抱擁を受け入れていた。気丈に振る舞ってはいたが、緑黎は内心気が気でなかったことだろう。愛する夫と愛する兄の「会談」は、彼らが帰還するまでの間彼女の心を蝕み続けた。
(よかった)
だから、わたしも純粋に、彼らに怪我がなかったことが嬉しかった。
ちらりと横目に偃月を見る。疲れて眠った、というには少し顔色が優れないように思えた。それに、彼の両手首が異様に赤くなっているのも気になった。
わたしの視線に香紆が気づいた。香紆は苦笑して「大丈夫」と口を動かした。今はまだ何も話せないという、見え透いた拒絶に、わたしはどこかホッとした。
香紆と偃月は医務室へ行くというのでわたしも二人に付いて行く。緑黎は氷月がいるから大丈夫。あと一つ気になるのは……。
「……緑黎」
雨月に拘束されている、この男。
緑黎の名前を知っていたことから、この男が『葉都』の王・苑葉なのだと思った。緑黎の姿を一目見て安心した男の柔和な瞳は、彼女にとても似ていた。
~❀~
「偃月は、どうしたんですか?」
医務室に入り、香紆が偃月を簡易寝台へと下ろす。その間も彼が目を覚ますことはなかった。
「少し、長旅で疲れてしまったんですよ。大丈夫。きっとすぐに目を覚まします」
嘘。少なくとも、疲れて眠ってしまっているというのは香紆の考えた嘘だと思った。きっと偃月のことを信頼しているわたしに対して不安にならないよう配慮した彼なりの「言い訳」なのだろうけれど、今はその
「……手首、赤い……」
ずっと気になっていたことをぽつりと呟く。偃月の手首は『葉都』に向かう前と変わって不自然に赤く染まっていた。火傷を負ったような擦れた赤色。血は出ていないけれど痛々しい。そっと触れてみる。その傷は見た目とは裏腹に酷く冷たかった。
「これ、凍傷です」
「とうしょう……?」
「えっと。体の一部が凍ってしまう寒冷障がい……寒すぎて火傷のような症状が出る怪我……とも言いましょうか……。……改めて訊かれると説明が難しいな」
苦笑しながら教えてくれた香紆は、偃月の手当てのための準備を続ける。その姿は妙に手慣れていた。
香紆がわたしを見た。ずっと香紆の手元を眺めていたのを気づかれたのだ。
「何か?」
「あ、え、えっと……随分と手際がいいな、と思って……」
「ああ。私こう見えて医術を嗜んでおりまして。以前は国の医官として戦地で活動しておりましたが……今はもっぱらこの通り、この馬鹿のお世話係なのですよ」
「お世話」
「はい。……と言いましても、偃月に頼まれて一緒にいるだけの、腐れ縁のようなもの……ですけれど」
「……とても、素敵な関係だと思います」
微笑んだ香紆はどこか苦しげだった。
だからわたしは素直に思ったことを伝えた。小さく呟くように言葉にしたと思っていたけれど、香紆にはちゃんと届いたらしい。わたしを見つめて、彼はありがとうと頭を下げた。
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