❅4-6 雨月の氷術

 氷月一行は『葉都城』の前に降り立った。


 門前に突如として現れた彼らの姿を、かの国の臣下たちは驚いた様子で見つめていた。

 その目には恐怖が宿っており、すでに「『氷都』との和平は絶たれた」のだと、彼らには周知されていることがその顔から見受けられた。

 下手に刺激してはならないと判断した氷月は敵意が無いことを彼らに示すため、近くにいた『葉都』の臣下に静かに訊ねた。


「……失礼。和平条約に伴う会談に伺った『氷都』の氷月と申す者だが、苑葉殿は居られるだろうか?」

「――――『氷鷹』の王……‼」


『葉都』の臣下たちがざわつき始める。顔を青くする者、震える者、反抗や抵抗の意志を見せる者……。

『葉都』の臣下たちはそれぞれに反応を示していた。それほどまでに『氷都』という国は大きく、そして絶対的な「力」を有していた。


 一人、『葉都』の臣下が「うわぁ!」と奇声を上げ、腰に携えていた刀剣を氷月に向かって振りかぶった。この程度の攻撃では氷月を倒すことはおろか傷一つも付けることはできないだろう。

 だが、ここで反撃をすれば完全に戦争の狼煙を自ら下ろすことになる。それだけは「国」として避けておきたい。そう思っている氷月は、ただその『葉都』の臣下を静かに見つめる。


 その、ほんの少しの怖気が仇となる。


 氷月の背後に控えていた雨月が前に出た。彼が地面をぐっと踏みしめるようにして強く鳴らすと、そこから一気に周辺の空気が低くなり、瞬間、巨大な氷の壁が『葉都』の臣下と氷月の目の前に出現した。



「――――陛下に刃を向けましたね」



 辺り一帯の空気が、先ほどの比にならない低温になる。それは氷点下ともされる温度。


 これが『氷鷹』の三王が一人である雨月の防御の氷術だ。


 氷月が創造の力を持つように、雨月もまた防御の力を持っている。国一の防御率を誇るという雨月の氷術は、その力の名の通り、人々を守るために特化している。

 そしてそれは、国王であり兄でもある氷月に対しても例外ではない。むしろこの力は氷月のために磨き上げられたと言っても過言ではなかった。


 氷壁が聳え立った『葉都城』の門前は、冷気と静寂に支配された。その空気に反するように、雨月の心は興奮の一途を辿っていた。


「……雨月。もういい。これを退かせ」

「ですが陛下、この者は国罪にも値する行為を働いたのですよ……」

「私の纏う空気がさせたのだ。何も、その者だけが悪いわけじゃない。それに、私たちは争いを行いに来たわけじゃない。話し合いをしに参ったのだ。こんなくだらないことで力をふるっても、その『勝ち』に意味は無いと思え」


 これは氷月の本心だった。

 争いなど、醜いだけ。

 今回の目的は「話し合い」だ。そこに、己以外の血液を流すことは許さない。たとえ血を分けた兄弟であろうともそれは例外ではない。

 氷月は殺気にも似た眼差しを実弟に向け彼の興奮を抑制した。雨月も冷静さを取り戻したのか、氷壁を崩し、項垂れ氷月の後方へと下がったのだった。


「ばぁか」


 偃月が気を落として戻った雨月を茶化し、香紆がそれを叱った。いつも通りの風景だと、氷月はなんとなく思った。


 この時、偃月の様子に気づいていればあんなことにはならなかったのだろうか。


 のちに後悔することを、氷月はまだ知らない。

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