❅4-7 円卓会談

 ようやく本来の目的である苑葉との対面にありつけた氷月であったが、会談の場であるその円卓は重たい空気に包まれていた。それぞれが向かい合う形で座り、氷月は手を組み相手の出方を静かに窺っている。苑葉は長い時間を俯いていた。

 どれほどの時間が経過しただろうか。沈黙を破ったのは、意外にも苑葉であった。


「……氷月殿、先ほどは我が臣下が無礼を働いたようだな。大変申し訳なかった」

「謝罪には及ばない。その気にさせてしまったこちらの不手際だ」

「……」


 そして再びの沈黙。雨月は彼の姿から争いの意が見られないことを確認した。ただ、完全なる降伏を求めているようにも見えて、少しことが上手く運び過ぎではないか? という疑問が脳をぎる。警戒を続けるに越したことはないと、雨月は苑葉から目線を逸らさない。苑葉の喉が小さくコクリと鳴った。


「……氷月殿……。私はひとつ、貴殿に謝らなければならないことが、」


 そこまで言って、場の空気が止まる。苑葉が話している途中で、どこからか「ダンッ!」という轟雷が落ちたような音が室内を走ったのである。

 音の発生源は円卓の中央でありそこへ視線を向ければ、偃月が氷月たちに背を向けた状態で立っていた。

 あまりにも突然の出来事に、さすがの氷月も目を見開いた。


「偃――」



「ねえ、うるさいんだけど、これ、どうやったら止められるの?」



 氷月の言葉を遮った偃月は、耳を強く抑えながら苑葉に訊く。

 今の彼は周りが見えておらず、完全に冷静さを失っていた。苑葉は一体何の話なのか理解できず、ただぼんやりと目の前に立つ偃月を見つめていた。


「ねえ、ねえってば。聞こえてないの? ねえ」


『これ』とは一体何なのか。偃月の言う『これ』は、彼以外には聞こえていない。

 ゆらゆらと彼の体は振り子のように揺れている。その瞳に光は無い。そこに、いつもの「偃月」はいなかった。


 そう判断した氷月の行動は早かった。同時に、氷月の行動を察した偃月の行動も早かった。


 氷月は目の前に掌を出し、そこへ吐息を吹きかけた。段々と室内中の空気がひんやりと冷え始めると、偃月の体の周りに霜が出現し始めた。彼の体中の筋力を、冷却して硬直させようとしているのだ。


 しかし偃月は『氷都』の民だ。寒さには体質上強くできているので、氷月のこの氷術はあまり意味を成さない。

 だが、一瞬の隙を作ることは可能だ。


「雨月!」


 氷月が振り向いた先には、すでに雨月が自身の氷術の術式を構築していた。

 だがその速度は偃月に一歩及ばず、偃月は彼らの攻撃に気がついた瞬間に苑葉へとその手を伸ばしていた。


 苑葉はその場から動くことなく、この状況を受け入れていた。

 これから氷月に話そうとしていた内容が、何かを謝罪し、それに対する処罰を受け入れることなのだとしたら。そしてこれこそがの思い描いた台本シナリオなのだとしたら……。

 口封じにもなり得るこの状況はにとってまたとない好機チャンスだろう。


「苑葉殿、逃げろ!」


 ここで死なれては困る。氷月は苑葉に向かって叫んだ。だが苑葉は動かなかった。いや、動けないのか、動かなかったのか、その判断はしかねた。

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