❅3-7 氷鷹と蟒蛇
シュルシュル……と何か人のそれではない音が廊下を這っている。
その音から連想されるのは蟒蛇だ。しかしこの国に、蟒蛇を見たという報告や証言は今までにこの城内で上がってきたことが無い。
それゆえに余計に氷月は深く帳の降りた夜に警戒心を解くことができなかった。
時刻は夜中の三時頃、氷都城の城内にそれらしき気配はない。しかし音が小さくなることもなく、どちらかといえば大きく増しているようにも思えた。
今氷月の手元に武器は無い。応戦するにも魔術を使用しなければならないこの状況に、氷月は心の中で舌打ちをする。
本来城内での魔術使用による戦闘行為は禁じられている。破った者はそれ相応の処罰を受けなければならない。それがたとえ国王であっても例外でなく、これは不平等を嫌う、いかにも氷月らしい国法であった。
音は王室より先の寝室まで来ると、静かに扉を開け入室したらしい。寝室には妻である緑黎が眠っているはずだ。
『葉都』との一件もある。話し合いで決めた決定に難癖をつける、反『氷都』派の元老の息が掛かった刺客かもしれない。
氷月は息を殺し、音の気配を感じ取りながら、じっくりと足を擦りその正体を見極めようと自室を覗いた。
しかし氷月は思ってもみなかったその光景を目にして呆気に取られる。
そこに立っていたのは、花檻姫だったのだ。
「何をしている」
氷月が少しの殺気と共に問えば、花檻姫はゆっくりと彼に振り返る。ここへ来てからの彼女の雰囲気とは違う気配に違和感を覚えつつ、そっと緑黎に視線を見遣れば彼女は規則正しく眠っているように見えて安堵する。
花檻姫は一度氷月を見ると、再び寝台で眠っている緑黎に目を向けた。その瞳は、月の色をしていた。
「……もう一度問おう。ここで何をしている、花檻」
「……わたしもあなた様の妻となる者……ここにいてもおかしくないのでは?」
花檻姫の口から放たれた言の葉たちは、彼女の声のはずなのに彼女のものではないように思えて氷月は身構える。
「貴様……何者だ」
「……いずれ分かる」
そう告げると、花檻姫は眠る緑黎の下腹部に触れ、そしてそこへ甘い口付けを落とした。そして緑黎からゆっくりと離れると、そのまま彼女は意識を飛ばして後方にいた氷月に倒れ込んだ。すぅすぅと規則正しく寝息を立てる花檻姫に、先ほどまでの気配は感じられなかった。
「……一体、なんだったんだ」
何も解決することもないまま氷月は花檻姫を横抱きにし、彼女の部屋まで運ぶことにした。
シュルシュルと音が這っている。
その音は秘かに、花の娘を見つめていた。
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