3-6 覚悟を決めた花
そして目の前の光景に、呼吸を忘れた。
「これがあって、世継ぎが生まれないの」
「これ、は……」
緑黎の下腹部に浮かび上がる幾何学模様。それは自分の体にも刻まれている、蟒蛇の痣に酷似していた。どうしてこの人にもこの痣があるんだろう。この痣は『花都』の限られた者にしか刻印されない呪いの痣のはずだった。
「……昔、交換留学という名目で『花都』に滞在していた頃に付けられたの。友好条約の証だって言われてね。当時のことは朧気であまり憶えていないし、痛みも何も無くて不気味に思っていたのだけれど、この刻印の本当の意味を知ったのは陛下との婚姻後、初めて夜を共にした時だったわ」
緑黎曰く、愛し合う行為として体を繋げた瞬間に、死に溺れそうなくらいの激痛が体に走ったという。行為自体を全身が拒絶しているような感覚に襲われた緑黎は、その日以降氷月との夜伽を拒まれ続けている。
「陛下はお優しい方だから、わたくしが痛みを受けることを酷く嫌がるの。痛むならしなくていい、子供なんて要らないって。自分がこの国の王であることをお忘れになったの? と訊いたことがあって、その時彼はこう言ったの。妻一人幸せにできないのなら王を辞めるってね」
まるで我儘を言う子供みたいでしょう? と緑黎は苦笑した。
不思議な話だった。あの冷徹な氷鷹の王が、自身の妻一人を守るために世継ぎを渋り続けていたなんて。
(なんて……美しい愛の形なんだろう……)
わたしは知らず知らずのうちに涙を流していた。
こんなの知らない。父はわたしのことなど愛してなかった。わたしに向けられる目は全て侮蔑的なものばかりで、それが普通だったから。
そこで気がついた。わたしは、誰かに愛されてほしかったのだと。
緑黎の優しい手がわたしの背に触れる。この人を守りたいと思った。
(……わたしなら、できる……)
わたしは涙をぐしぐしと服の袖で乱暴に拭う。緑黎はわたしが泣いたことに対して申し訳なさそうに笑っていた。
「……悲しませてしまってごめんなさい。そうね、あなたが背負うことではないの。ただ、何故だかあなたには伝えておきたかった」
わたしは緑黎の手を掴む。何かしら、と緑黎が首を傾げてわたしに微笑む。わたしも緑黎のように、少々ぎこちないだろうけれど真似をして微笑んでみた。
今度偃月にでも笑顔の仕方を教えてもらおう。
これで緑黎が少しでも安心できるのなら。
わたしの気持ちを知らない緑黎は不思議そうにしていた。
「花檻姫……?」
「絶対、大丈夫、です。助けます」
「?」
きっとわたしの言葉は意味が分からないだろう。何に対しての「大丈夫」なのか。誰に対しての「助ける」なのか。言葉の意図を理解するには材料が少なかったと思う。
けれど、深く伝えられない。これからわたしが彼女に行おうとしていることは絶対に知られてはいけないことだから。
緑黎はよく分からないままも「ありがとう」と言ってくれた。その言葉を聞いて、掴んだ彼女の手を離す。
こうして、夜のお茶会はお開きとなったのだった。
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