3-5 秘密のお茶会

 その日の夜、わたしは緑黎から彼女の茶会に呼ばれた。

 不安な夜はこうして温かいお茶を誰かと飲むのが習慣なのだという。

 甘い花の香りが漂うお茶は、彼女の故郷である『葉都』から送られてきた珍しい茶葉らしい。花弁のような茶葉が茶器の中で踊っていた。

 一口飲むと、じんわりと体の芯から温まるような感覚にふわふわと気持ちが良くなる。思わず頬が綻んで、わたしの表情の変化に気がついた緑黎が「ふふっ」と微笑んだ。


「美味しいでしょう? これはね、わたくしの兄が、毎年贈ってくれる故郷のお茶なの」

「お花、みたいで、初めて飲みました。と、とても美味しいです」

「気に入ってもらえて嬉しいわ。また飲みにいらしてね」


 わたしは緑黎の笑顔が戻ったことにほっとした。この人は笑顔が一番綺麗な人だ。枯らしてはいけない、花のような、そんな人なのだ。


(……そういえば偃月、静かだったな……)


 彼もまた、笑顔を枯らしてはいけない人だと思う。ふと、私は王室での時間を思い出した。偃月は何を言うでもなく、ただわたしと同じように氷月夫婦を眺めていた。その眼差しは、どこか寂しさの色を帯びていた。



「……わたくしたちにはね、子供がいないの」

「……え?」


 突然の発言に純粋に驚いた。

 完全に私情であろうその情報を、わたしみたいな得体のしれない者に話してもいいのか。けれど緑黎は信じてくれているのかわたしのことを真剣な表情で見つめていた。

 信じてくれようと、しているんだと思った。ならば、わたしがするべきことは一つだ。わたしはその誠意に答えなければならない。

 覚悟を決めて緑黎の目を見つめ返す。緑黎は言葉にはしなかったけれど、ありがとうと視線で伝えてくれた。


「あなたがこの国に来た理由は軽く陛下から伺いました。『花都』の誇りだというあなたに陛下が興味をお持ちになり、そして引き取ることをお受けになられたと。……でも、わたくしは他に陛下が断れない理由があったのではないかと、そう思うのです」

「断れない?」

「ええ。確かに『花都』からは愛妾をどうかと言われたようだけれど、陛下は最初そのことを知らなかったみたい。その話を先に受けていたのは元老……ええと、つまり陛下の上に立つ方々だったの。『花都』には口の立つ方がいらっしゃるのね。世継ぎが生まれないという噂を聞きつけてそこに付け込んだ。早く世継ぎを作るためにはいい話だったのだと思うわ」

「なんで……だって、緑黎様は、陛下のお妃様で……」

「年齢のことも少なからず関係はしているのよ。わたくしこう見えて陛下より一つ上なの」

「え」


 わたしは素で驚いてしまった。氷月よりも年が下だと思っていたから、まさか年上だったなんて思わなかった。それほどまでに彼女は若々しく美しい女性だった。


「それから」


 そう言って緑黎はおもむろに席を立った。かと思えばいきなり着物を脱ぎ始めて上半身を露わにした。

 偃月曰くそれは「危険なこと」だと今日知ったわたしは、すぐに服を戻そうと手を伸ばしたけれど、その手は空気を掴んでだらりとそのまま行き場を失った。

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