3-2 醜体

「綺麗になったわね。ふふ、可愛い」

「……?」


 緑黎は時折、悲しげな瞳をしてわたしをその中に映す。どうしてそんな顔をするのか、わたしはすぐに気づくことができなかった。


「……花檻姫、体も綺麗にしたいのだけれど、わたくしが触れても大丈夫かしら?」


 そこでやっと気がつくのだ。わたしはなんとなく視線を自身の体へ向けた。


 痩せて骨張った体に血の気のない青白い肌。その所々には痕になった古傷や痣たちが無数に散らばっている。胸も緑黎のようにふくよかではないし、日を浴びない生活を続けてきたからか、わたしの体は十六才とは思えない形をしていると自負していた。


 着飾っていたとはいえ、湯浴みをすればそれらが露わになるのは当たり前。自分の体が気持ち悪い。わたしは緑黎に嫌われたくない一心で、自分の体を少しでも彼女の視界から隠そうとぐっと強く抱え込む。


「も、申し訳ございません、緑黎様……。ご気分を害してしまい、申し訳ございません。お見苦しいものをお見せして申し訳っ、——?」


 早く緑黎から離れなければと、自己嫌悪の海に溺れる。こんな醜い体なんか無くなってしまえ。そう思いながら抱え込んだ手にさらに力を入れようとした。けれどできなかったのは、わたしの手を緑黎が掴んだからだ。


「いいえ。驚いてしまってごめんなさい。体は、またの機会にしましょう。今日は髪だけでも綺麗になったんだもの。偉いわ、花檻姫」


 緑黎は濡れていることも気にせずわたしを抱擁した。わたしはあなたに褒められるようなことなど何もしていない。だから、無性に、泣きたくなった。


 氷のように冷たい国民性であること。その国王は、冷ややかに鋭く射抜く鷹のような眼光で何人もの人を殺してきた。そう『氷都』について、あの場所で父に教えられてきた。


 でも実際はどう? 氷の国とされる『氷都』の人たちはその噂に反してこんなにも優しくて温かい。


 見なければ。聞かなければ、分からないことなんてこの世にごまんとある。わたしはこの国に来てそのことを知った。



 ~❀~



 湯浴みが終わった。冷え切っていたわたしの体は見事なまでに温まり、そして見違えるほどに綺麗になった。


(これがわたし……)


 水面に映った自分がまるで別人のように見えた。髪が艶やかになっていて触れると指通りが良くするすると梳けてしまう。いつもと違う自分の姿に困惑した。


「もう上がりましょうか。長湯は体に悪いものね」


 緑黎がそう言うので、わたしは素直に頷く。大きな桶(これは〝浴槽〟と言うらしい)から立ち上がれば、ざぱっ、とお湯のぶつかり合う音が室内に響いた。「湯浴み」がこんなにも楽しいものだとは知らなかった。また一つ新しいことを知ることができて、わたしはとても嬉しくなった。


「替えの着物を持ってくるから、そこで待っていて頂戴ね。すぐに戻るわ」

「はい」


 緑黎はそのままわたしにタオルを頭に掛け軽く水気を拭き取ると、着物を取りに湯浴み場から離れてしまった。

 独りは慣れているはずなのに、この一日と数時間で優しさと寂しさを覚えてしまったわたしは、少しだけ独りでいることが心細く感じた。

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