中編 『花都』の王

 花都城の王室に通され苑葉が中へ入室すれば、目の前に坐すのは『花都』の現国王である水仙だ。

 御年七十を超えると聞いていたが、その容姿は、かつて戦場を共にした『葉都』の前王である苑葉の父と並んでいた頃と変わりない。

 若いのだ。気味が悪いほどに。



「……おお、よう来たな。『葉都』の若王よ」


 ぬるりと這うようなしゃがれた声が脳に直接響いた感覚に酔う。

 何故前王はこのような男と戦場を共にし、友となったのか。苑葉は無意識のうちにこくりと喉を鳴らした。


「……はい。お久しゅうございます、水仙王。お変わりないようで何よりでございます」

「堅苦しいのはよせ、我とお主の間柄じゃあないか」


 近こう寄れ、と水仙が苑葉を手招く。何をされるのか分からないという恐怖が、苑葉の背筋を通った。



 彼を一言で表すのなら、それはだろうか。



 以前、水仙は苑葉のことを息子のように思っていると笑っていたことを思い出す。その頃はまだ前王も健在であったし、国同士も良好な関係にあったので何も懸念することなどなかった。

 しかし緑黎の一件があってからというもの、苑葉は過剰に『花都』に対して警戒心を抱くようになった。


(この男は……危険だ)


 苑葉は、水仙を討つ機を長年窺っていた。


 そのために以前より親交のあったもう一つの同盟国である『氷都』へ緑黎を嫁がせた。

 この現代で最強国である『氷都』の若き王である氷月と義兄弟の契りを交わした苑葉は、いざとなれば共闘し『花都』を討つことを約束していた。

 双方にとってそれが利益であったから成せた結婚ことだった。

 苑葉はその思考を悟られないよう、機嫌を窺いつつ水仙の傍に寄る。


 そこまで寄って、ふと思い出す。


『花都』と『氷都』の戦争についに終止符が打たれたという。その噂が本当ならば、確かめねばならない。この先の同盟関係を継続していくかどうかの意志を。


 考えていなかったわけではない。『花都』と因縁深い『氷都』と和平条約を交わした時から、いつこの同盟関係を断とうかと悩んでいた。

 すぐにしようと思えばできたのだが、当時は緑黎の身柄がまだ『花都』にあったことから動くことができなかった。そして何よりも、前王同士の友好の契りもあった。


 だが今なら緑黎のことも安定してきているし、何より『氷都』が同盟国であるという事実が苑葉の心を支えている。


 同じ〝王〟という立場ではあるものの、この世界は年の功がものをいう。苑葉は水仙の前に跪き、頭を下げた。そして彼に問おうと、覚悟を決め口を開く。


「……水仙王。よろしいですか?」

「うむ。申してみよ」

「先の戦争にて……『氷都』との戦が終わったと風の噂で聞きました。その件につきましては助力叶わず大変申し訳なく……」

「良い良い。もとより『葉都』に助力要請を出そうとは思っていなかったのだ。全て『花都』で賄えると思っていたのだからな」


 気にするな、と水仙が高笑う。


「……左様でございましたか。それは大変差し出がましいことを申しました」


 苑葉は動揺を悟られぬよう、笑顔を繕った。

 しかしここで疑問が浮上する。

『花都』には『氷都』に応戦できるような戦力などなかったはずだ。


 いや、そもそもどうしてここまで無傷であれたのかがなのだ。これまで、どうやっていくつもの戦争を掻い潜ってきたのか、その真実を知る者はいない。


〝食えない王〟と揶揄される水仙に畏怖すら覚える。

 それほどまでに『花都』という国は真っ白だった。


(嫌な予感しかしない)


 自分が呼ばれた意味を考える。

 苑葉の懸念は、この後的中することとなる。

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