❅2-5 戸惑う『氷鷹』
「……完全に嫌われてしまっただろうか……」
不意に聞こえた氷鷹の王の言葉は、耳を疑うほどに小さかった。
「王さま、いちおうは気にしてたんだね」
「……うるさい」
医務室から追い出されてしまった二人は何もすることがなくなり、とりあえず王室へ戻ろうと歩を進めていた。
俵担ぎをされたまま花檻姫から引き剥がされた偃月は、憂う氷月の横顔をなんとなく眺めた。
(ほらね。やっぱり王さまは優しい人だ)
呟いた言葉の先に花檻姫がいることに、偃月は心がぽかぽかと温かくなるのを感じて顔を綻ばせた。
「笑うな偃月」
「んへへ、だって、王さま戸惑ってるの珍しいもん」
「……」
氷月は図星を突かれたような顔をして偃月からそっぽを向いた。恥ずかしがっているのだろう、氷月の耳はほんのりと赤く染まっていた。
「——で、そろそろ下ろしてくれない?」
あそこには戻らないからさ、と偃月が氷月に聞けば、彼はそっと偃月の体を下ろした。少しだけ乱れた衣服を整えて氷月に振り返る。氷月は表情こそ冷静を装っているが、内心は胸がざわついて仕方がなさそうだった。
「……この顔ゆえに、怖がらせてしまっているのだろうな」
「あ。顔が怖いのは自覚してたんだね」
「〝無愛想で何を考えているのか分からない〟と、よく緑黎に叱られるからな」
「そうだったんだ」
こうして普段のことを話すのは久し振りだった。
王と臣下という立場にある彼らだが、氷月は偃月のことを特に気に掛けていた。それは偃月が王の立場にある氷月に対して敬語を使わないことにも関係しており、使わないよう強要したのは、他でもない氷月であった。
「偃月」
「ん?」
「まだ、思い出さないか」
氷月が偃月の頬にそっと手を触れる。
偃月から一瞬にして笑みが消え、その美しき水晶のような澄んだ双眸に水分を含ませ大きく見開いた。
揺れる瞳に、ぐっと何かが込み上げる。
「……ぁ」
偃月の口から震えた声が響く。きっと今にも涙が溢れ出しそうなのを、必死に我慢しているのだろう。
「ご……めんねぇ、王さま。まだ、思い出せないや」
そう苦しそうに笑う偃月に、氷月は胸を痛めた。
違う、そんな顔をさせたかったのではないと。
目を伏せ「すまない」と呟けば、偃月は「いいよぉ」と儚げに笑ったのだった。
彼らの間にある見えない隔たりは、この城の各場所に
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