2-4 夫婦喧嘩

「――さて。では陛下? そろそろよろしくて?」

「……ああ」

「え、よろしくって何⁉ ってわあ!」

「偃月……っ」


 偃月は氷月に俵担ぎをされてしまった。わたしも何が何だか分からなくて、ただ偃月がこの場を離れてしまうことが心細くて怖くなった。

 咄嗟に伸ばした手はくうを掴むだけ。あと少しのところで偃月に届かない。


「……」

「陛下? 早く出て行ってくださいまし」

「いや……」


 すぐに出て行くと思っていた氷月は、何やらバツが悪そうにしてこちらを窺っていた。ジタバタと彼の肩元で暴れる偃月のことなど彼はちょっとも気にしていない。

 もはやこの場所に用はないと思うのに、何が気掛かりなのか。わたしは揺らぐ氷鷹の王の目をじっと見つめた。


「早く出て行って、と言っているのよ陛下」

「何故そうも牙を向ける」

「当たり前じゃないですか! 今から彼女は湯浴みをするのよ。医務室ここの湯浴み場はカーテン一枚隔てただけの簡易的な場所だというのに……。それを嫁入り前の子が、殿方がいる時に入浴させられないでしょう!」

「見るとは言ってない」

「わたくしは早くこの子を温めてあげたいの。ほらほら、だから出て行ってください!」

「いや、私は花の娘に一言伝えておきたいことがあってだな……」

「なんとまあ歯切れの悪い! それでも一国の王ですか! そんなの後でいくらでもお伝えすればよろしいのよ!」


 突然、夫婦喧嘩が目の前で始まった。


 わたしは兎も角として、氷月に担がれたままの偃月も困惑した様子で彼らを交互に窺っていた。

 引鉄は何故かわたしだったみたいだけれど、それにしたってこんなに熱くなる必要はないのでは? と少々疑問に思うところはあった。


「本日は大切な会合が控えていると仰っていたじゃない。どうせ元老様のお小言を聞くのが嫌なのでしょう? なんて幼稚な。ウジウジウジウジとみっともない」

「緑黎……貴様……」

「『氷都』の男など所詮脳筋の集まり。いっそ戦地で野垂れてしまえばいいのだわ」

「緑黎さま、それはさすがに言いす……わあっ!」


 ついに夫婦喧嘩は緑黎が勝利し、彼らは何もできず医務室を追い出されてしまった。偃月はただ巻き込まれただけのように思えて、少し可哀想だと同情した。



 ~❀~



「偃月……」

「……ああ、そうね。偃月は悪くないわね。でもね、わたくしでもたまにあの子が本当は女の子なんじゃないかと思うことがあるのだけれど、あの子はれっきとした殿方なのよ」


 だから出て行ってもらわないと困るの、と緑黎が笑う。


「さあさ、花檻姫。まずは今着ているものを全て脱いでもらいましょうか!」



「————え」



 これからわたしは本気で何をされてしまうのだろうと、目の前で笑う美魔女(もとい『氷都』の妃殿下)から後退あとずさるも、その努力も空しく、ついには白く映える美しい医務室の壁際まで攻められたのは——言うまでもない。

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