閑話 氷鷹の王は思案する

前編 『氷都』と『花都』

『氷都』は、魔術と武力に長けた国だった。


 僅か一代で現在の国政を築き上げた先代王は、惜しくも病に倒れ帰らぬ人となってしまったが、第一王子であった氷月が五年前、当時二十五才という若さで王位を継承すると、その力は年々増していった。

 国の力とも言える氷の術式は、強さの他に美しさも兼ね備えており、さらに王族の血を引く者は一般家庭に比べてその力が膨大であった。


 古くより『花都』とは犬猿の国仲であった。土地柄、満足に食物が育たない『氷都』にとって、温暖気候に恵まれた『花都』は喉から手が出るほどに攻め落としておきたい領地だった。


 そんな、先日終えた『花都』との幾年戦争は、ついに圧倒的勝利を収めたはずだった。だが、この戦争の終局には腑に落ちない点がいくつか存在しており、氷月はそれがなんなのか心にもやを抱えたまま、実に数日が経とうとしていた。



 ~❅~



『氷都』の中心に築城する氷都城の王室、その扉が三回叩かれる。

 執務をおこなっていた氷月は、扉に視線を送ることなく臣下であろう者の入室を促した。


「失礼致します、兄上」

「雨月……?」


 王室を訪れたのは、意外にも氷月の五つ下の弟である雨月だった。

 王族でありながら氷月の臣下として働く雨月は、何やら深刻そうな表情で入室してきた。氷月は雨月になるべく優しく問い掛ける。


「どうした」

「……その、先ほど『花都』より使者が参りまして、この文を兄上にと……」


 ゆっくりと差し出された文を雨月から受け取り、中身を確認する。一通り読み終え、なるほど、先に読んだな、と目の前で心配そうにしている雨月に氷月は視線を向けた。


「……雨月」

「はい」

「直ぐに出る。この件、かの国に〝受ける〟と伝えろ」

「……‼ はい!」


 氷月は早急に先ほどまで取り掛かっていた執務を切り上げ、『花都』へと向かう支度を進める。

 外套がいとうを羽織り王室を出れば、『氷都』の代名詞とも言える雨がしとしとと降り始めていた。



『花都』からの文には『氷都』にとって何一つ利益の無い駄文がつらつらと綴られていたが、その中で一つだけ氷月の目に留まる一文があった。


『————以上の条件を約束して頂いた暁には、我が『花都』が誇る『花檻姫』を、貴国へと献上する』と。


 正味、かの『花都』にはいい噂を聞かない。

 どのようにして建国しここまで『氷都』と渡り合えるほどの力を得ることができたのか。

 目立った能力も持たない彼らの、一体どこに『氷都』との長期戦を長らえる力があったのか。

 どの文献を漁ろうともほこり一つ出ず、全てが謎に包まれた国……それが『花都』だった。


 だからこそ惹かれた。あの『花都』がという姫に。

 氷月は『花都』のしぶとさの理由が、その姫にあると踏んだのだ。


 こうして、和平協定条約を結んだ『氷都』と『花都』。双国に平和をもたらしたのは『花檻姫』と呼ばれる未知なる人物である。


 しかし実際に『氷都』へやってきたのは、想像とは反対をいくような、随分と華奢な娘だった。

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