いちごパフェ③




 思いに目を瞑り、はっと目を開ける。

 すると、映ったのは、あの不思議な喫茶店だった。


「お客様、なにか思い出せましたか」


 横にいたウェイトレスが顔を覗き込んできた。

 赤い髪飾りがしゃらん、と音を立てる。

 懐かしい思い出と熱い感情が押し寄せてきて、涙腺が緩むが、口を結んで耐えた。


「忘れていた情熱を……思い出しました」

「それは良いことです」


 笑顔で頷くウェイトレス。

 そのたびに赤い髪飾りはしゃりんしゃりんと鳴っていた。


 俺は無言でスプーンを握り直す。

 そして、溢れ出そうになる感情を飲み込むように、ばくばくとパフェを食べる。

 

 甘酸っぱい。

 けれど甘い甘いそれは、あの頃の若い俺と生徒たちのようで。

 コーヒーで流し込めば、そのほろ苦さが今の俺のようで。


  

「……ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」


 最後の一口を食べきり、コーヒーをゆっくりと飲む。

 この苦味は、今受け持っている生徒たちの苦悩なのかもしれない、と思いながら。

 

「すいません。お会計を」

「うーん、今回はサービスということで」


 にこりと笑いながら言うウェイトレス。


「いえ、そう言うわけには……」


 食い下がる俺に、ウェイトレスは困ったなあとでも言いたげな表情をする。

 腕組みをして数秒悩む仕草をしてから、彼女はこう言った。


「では、こうしましょう。困っている生徒さんがいたらパフェを食べさせてあげてください!」


 いたずらっぽく言う彼女に呆気に取られる。

 それと同時に、なんとなく理解した。

 ああ、ここはそういうところなんだな、と。


「わかりました。必ず。では、失礼します」

「ふふふ」

「……なにか?」

「立派な教師の顔をしています。では、お気をつけて」


 慈愛に満ちた顔だった。

 そうして、俺は店を後にして家路についた。








 

 翌日の放課後

 俺は一人の生徒に声をかける。


「昨日は、先生の失言で気分を悪くさせてしまってごめん」

「いや、いいんですけど……俺も相談に乗ってもらったのに棘があったし」

「考えたんだ。先生の……俺の感覚は時代遅れなのかもしれない。

 でも、君のように教えてくれる子がいる。ぶつかってくれる子がいる

 それは俺にとって、教師をやっていて、生きていて良かったとさえ思えることなんだ」

「そんな大袈裟な」

「本気でそう思ったんだ。思い出させてもらった。ありがとう」


 頭を下げて、礼を言う。

 生徒は、目を見開いて驚いていた。

 

「……先生みたいに話を聞いてくれる大人もいるんですね」


 そう言った彼は、困ったような笑顔だった。

 そして、つらつらと思いの丈を話し始めてくれた。





 







 ――――カウンター前の椅子にふんぞりかえり、宙を見つめる女性。

 着物にフリルのエプロンを付け、艶々とした黒髪には紅い髪飾りがよく映えている。

 銀色のお盆を器用にくるくる回しては、その度に髪飾りが、しゃらん、しゃらん、と音を立てる。

 

「マスター、人って、めんどうくさいですね」

「君だって人だろうに」

 

 カウンター内に立つ男性が答える。

 白いシャツに蝶ネクタイ。ギャルソンエプロンをつけたその姿は、いかにも昔ながらの喫茶店のマスター、といった感じだった。


「そうでしたねえ。私、人でした」


 銀色のお盆はどういうカラクリか、彼女の指先で踊り続けていた。

 

「人には、色々な思い出がある。

 とても大切な思い出だ。

 でも、時に人は、その大切な思い出を忘れてしまう」

 

「大事な想いと共に、でしょう」


 その通り、と男性が答えると同時に、女性の指先にあったお盆は、ぽーん、と高く空中に投げ出される。

 すっ、と立ち上がった女性は、それをなんでもないかのように片手でキャッチした。


「さて、次はどんなお客様がいらっしゃるんでしょうか」


 そう言った彼女の目は爛々と輝き、真っ赤な唇を桜色の舌で舐めた。


 

 

 

 

 

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