第51話 失恋
「金子くん、お久しぶりね」
「はい!工藤先輩に会いたくてこの高校に来ました」
「君の学力だとこの学校は厳しかったんじゃないの?」
「そこは愛のパワーで乗り切りました!」
「相変わらずね、きみは。紹介するわ。
こちら金子くん、中学時代の後輩よ」
未知さんが俺とくるみに紹介してくれる。
「初めまして。工藤さんの将来の旦那の金子謙です」
さっき見た光景がもう一度起きた。俺もくるみも顔を見合わせていた。
「金子くんは未知さんのことが好きなの?」
くるみが優しく確認をしてあげる。
金子謙は背は高くない。まっすぐな瞳とキリッとした顔立ち、そして背筋も伸びて姿勢もいい。
「はい!大好きです」
今にも敬礼しそうな勢いで声を発する。
未知さんも少し困った顔をしている。
「金子くん、」
未知が声を発すると食い気味に金子が被せる。
「謙とお呼びください!」
未知さんは頭を少し抱え込んでやれやれという顔をしている。
未知さんでも一刀両断にできない相手もいるのかとおもうと少し楽しくなってしまう。
「じゃあ、謙くん。文芸部にはいるの?」
「愚問です。工藤さんがいる部にしか入りません」
「わたった。謙くんも小説を書くのはは得意だからそこは心配してないけどあまり私にばかり気を向けないでね」
「工藤さんが僕とお付き合いしてくれるなら部活動にも身が入ります!高校生になりました。ぜひお付き合いしてください」
この子のグイグイはすごいものがある。
あかねちゃんもすごかったがこの子も負けず劣らずすごい。
あかねちゃんはニコニコしながら楽しそうにこちらを見ている。もちろん、俺の腕にはつかまりっきりだが………
「謙くん、ごめんなさい。今は付き合えないの」
「誰か好きな人ができたのですか?」
未知さんは顔を赤らめる。
俺は勝手にドキドキし始める。
くるみは未知さんが俺のことを言うのか固唾を飲んで見守っている。
未知さんは少し沈黙してしまった。
「もしかしてもう彼氏がいるのですか?」
「い、いないわ」
「よかったぁ。工藤さんのファーストキスは僕が奪う予定ですから!」
未知は一気に顔を赤らめて下を向く。
「えっ……、工藤さん?………まさか………」
くるみも未知さんがファーストキスをしてるなんて想像もしていなかった。驚きが隠せない。
俺は当事者だから違う意味で心臓がバクバクする。
「ごめんなさい、ファーストキスはもう済ませました」
未知さんは小さな声で恥ずかしそうに報告をした。
謙くんは膝を崩して地面に泣き崩れている。
くるみは見事なまでも驚きの表情をしている。
「のぉぉぉ!うぉぉぉぉ」
謙くんは地面に向かって雄叫びを上げている。
「謙くん、文芸部に入るのやめる?」
「いや、入ります!処女は僕がいただきます!
…………まさか、それも………?」
「それはまだです!」
謙くんはほっとするがなぜか俺もほっとしてしまう。
「謙くん、いくら好きでも相手のことも考えてあげて。そういうこと言うのも女の子は恥ずかしいんだよ」
くるみが無鉄砲な謙くんに対して釘を打つ。
「大変失礼しました!」
「では、2週間後に部活を始めますのであかねさんと謙くんは改めてお越しください」
最後は未知さんがしめくくる。
「はい!」
「はぁーい」
なんともまっすぐな後輩2人が文芸部に入ることになった。
俺はあかねちゃんの腕を離し、もう帰りなさいと促す。
「このあとも一緒にいましょ、先輩」
「このあとはまだ少し部活あるからもう帰りなさい」
「じゃあ待ってる」
「いいから帰りなさい」
「じゃあ、先輩の携帯番号教えて」
「いやだ」
「じゃあここで泣く」
「わかった、わかったよ、その代わり帰れよ」
「わーい!先輩の番号ゲット」
「はい、じゃあ、バイバイ」
「はぁーい、今日の夜電話するねぇ〜」
「いや、電話いらねーから」
「もう、恥ずかしがり屋さん」
そう言いながらあかねちゃんは帰って行った。
俺は頭を抱えるしかなかった。
「未知さん、ファーストキスっていつしたの?」
くるみが唐突に未知さんに話しかける。
「………」
くるみは合宿の時に未知さんがまだ処女でファーストキスもしていないと聞いていた。だからそれは最近でしかない。
考えられるその相手は俺しかないと推測している。
「未知さん、ファーストキスはしたんだよね」
「はい………」
「誰としたんですか?」
「言えません」
「言えないってことは………
ねえ、じょうくん、心当たりある?」
急に矢が俺の方は方向転換されて飛んできた。
「い、いや、おれはよくしらないな」
「なんで言葉に詰まるの?」
「それは急に話を振られたからだよ。
俺に聞かれてもわかんないよ」
「藍原くんよ。
もう隠せないし、隠したって意味ないものだしね」
未知さんが開き直った。表情も開き直ったかのような顔をしている。
「そうですよね。やっぱり………
未知さんからしたの?
それともじょうくんからしたの?」
くるみは気になる。どちらからしたのか。未知さんからならじょうくんも仕方なくすることだってある。じょうくんからしたならそれは未知さんを選んだってことになる。
「どちらでもないわ。どちらもしようと思ったんじゃないかしら」
くるみにとっては想定外の言葉が飛んでくる。
「じょうくんは未知さんを選んだの?」
くるみが寂しそうにか細い声で俺に聞いてきた。
未知さんも俺がなんて答えるのか気になっているようだ。
「俺は未知さんのことが好きになりそうだった。いや、たぶんあれはすきだ」
くるみは涙が溢れそうになっている。
「でも、おれがだらしなくて未知さんを裏切ったんだ。だから未知さんも俺のことを嫌いになったみたいなんだ。俺ももうこれ以上は未知さんには何も言えなくなって………」
「ええ、私は裏切られたわ。
だからもう嫌いになることにしたの。
だから安心して、くるみさん。
私のことはもうあなたたちから
外してくれていいわ」
未知さんが恋愛戦線からの離脱を宣言する。
「未知さん、本当にそれでいいの?
せっかく好きな人とキスしたんだよ。
そんな簡単に忘れられないよ、絶対」
本当は未知さんが俺のことを嫌いになってくれた方がいいに決まっているのになぜか未知さんを引き止めようとしてしまう。
未知は無言でその場から離れて部室に戻ろうとする。
くるみはもう何も話しかけられなかった。
そして俺も何も声をかけられなかった。
シルさんを上書きしてくれた未知さんとの短い恋が終わってしまった………
……………
あとがき
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