第2話 いつもと違う道にはいつもと違うことが起きる

俺とコウヘイとタカは反省会と称してサイゼに来ている。

風俗に行った後には反省会をするのが大人の男性だとどこかのサイトで読んだことがある。


「おまえバカだなぁ。こんな素敵なお姉様

 との出会いで名前を聞いてないなんて。

 俺なんか『ももたん』『たかくん』と

 呼び合う中に。くくっ」


タカは今にももだえそうになりながら思い出している。


「おれなんか俺のことを『お兄ちゃん』て

 呼んでもらったぜ。妹キャラって最高だな。

 結局、ジョーは相手のことなんて呼んで

 話してたの?」


コウヘイも大満足な様子である。


「お姉さん......」


「おまえ、くるみちゃんがいるからって

 遠慮してたのか?」


「最初はそうだったけど途中からは楽しくて

 おまえらみたいに夢中になっていたよ。

 夢中になりすぎて名前聞くの忘れただけだ」


「ももたんがおまえのホステスさんのこと

 『シルちゃん』って呼んでたぞ」


「シルさんか」

名前がわかってちょっと嬉しくなって顔がほころぶ。


「じゃあ、ジョーもいい思い出には

 なったのか?」


「まあ、年上もちょっといいかなとは

 おもったけど………」


シルさんのかわいい仕草や言葉を思い出して

少し恥ずかしくなった。

照れが表情に思いっきり出てしまったようだ。


「ジョーが浮気心を持っているぞー。

 くるみちゃんに報告だぁ!」


タカが笑いながらうれしそうに言う。


「おい、ふざけんなよ。くるみに言うなよ」


「言わねーよ。俺らの株までさがっちゃうじゃん」


「あっ、そうだ。ごめん。おまえらに謝らなきゃいけないことがある」


「なんだよ。おれのももたんを好きになってしまったのか」


「バカ。浮かれすぎだ。タカ」


「シルさんに俺たちが高校生ってばれた」


「はぁ!!おまえマジか?」


「まじ……」


「おれら補導されたりしないのか」


「シルさんが内緒にしててあげるって

 言ってくれたからいまのところは

 大丈夫だと思う」


「シルさんがももたんやあかねちゃんに

 言ったら次はばれるじゃん」


「たぶん、大丈夫。言わない気がする」


「他の人に言わないって言ってくれたの?」


「いや、そうはいってないけど。

 あの人は言わない気がする」


俺はなぜかそんな気がしていた。

他のホステスさんと違ってそういうことを

笑って言いふらすような人に見えなかった


「ジョー、それは脳天気すぎ。

 女の人は噂話やそういういけない話は

 みんなで共有する生き物だぜ」


「まじかぁ。もう一度夢の時間を過ごしに

 行きたかったのに...

 これじゃ、行くにいけないじゃん」


「ごめん......」


「おれは捕まっても良いから『ももたん』に会いに行くぞ」


「よし、のった!おれは妹の

 『あかねちゃん』の面倒を見に行くぞ」


「いやいや、おまえら。行くのは一回だけって言ってたじゃん」


「なんだ、ジョー。おまえはシルさんに会いたくないのか」


「おれももう一回くらい話してみたいけど.....」


くるみ以外の女性で心がひかれたのは初めてだった。

でもそれはそんなに大きな想いではなかった。

少し気になる程度のお姉さん。

そんな程度のはずだった。


「よし!もう一回お金貯めて行くぞ。

 おまえら」


気づいたらもうすぐ23時だった。


そのキャバクラは俺たちが住んでいるところからは一駅離れた繁華街にあった。サイゼもその近くにある。


タカとコウヘイは電車に乗って先に帰ってもらった。俺は1人歩いて帰りたかった。


夜はまだ少し肌寒いけど

俺はなぜか春の暖かさが近づいてきている気がして歩いて家まで帰りたくなった。


昔から散歩が好きだった。

知らない道を歩くのが好きだった。

一番好きなのは昼間、快晴の中、

知らない街を歩くことだ。


なんか今日は知らない街を歩きたくなった。


「たのしかったなぁ」

ひとり小声でつぶやく。


おれはわかっている。

楽しくて、それをもう少し堪能したくて

歩いていることを。


お姉さんの人差し指が鼻に触れた瞬間

時が止まって鼓動だけが聞こえた気がした。


お店の中はアップテンポな音楽が

流れているにもかかわらず

ピタッと音が止まり、

お姉さんと二人だけの空間になったような気分だった。



目の前にまっすぐに進む道と坂に上がっていく道があった。

まっすぐすすむと自分住んでいる駅の方へと繋がっている。


(タカとコウヘイはもう家に着いたかな)

(くるみはぜったいもう寝てる...)

(じんのもご飯食べてちゃんと寝てるかな)


歩きながら家の方角を眺めてそう考えてしまう。


坂道を上がっていくと昔開発されたにもかかわらず『ニュータウン』と名付けられた皮肉たっぷりの行ったことのない団地に行く。


「今日は遠回りをして帰ろうかな」


みんながいる方ではなく、誰もいない行ったことのない方へ行きたくなってしまった。


(まだちょっと興奮してるのかな?おれ)


いつもと違う行動をとる自分に少し照れくささを感じながら坂道を上り始める。


家に帰るまっすぐな道を見下ろせるくらい坂道を上がって行った。

まっすぐな道は上から見ると延々と灯りに照らされながら続いていくように見える。


坂道は上がれば上がるほど灯りは減っていく。


(暗くなってきたなぁ……)


そう思いながら歩いていると

平らな道が出てきた。


その奥には廃墟に見える団地が連なっている。


ニュータウンというのにその団地は古い。人が住んでいるのかわからないと思うくらい静かで

暗い様子を醸し出していた。


カーテン越しににまだ照明がついている家もあれば、カーテンなんてお構いなしに全開で部屋の中が丸見えの家もある。


空き家の部屋も多いのだろう。

団地の部屋数に対して照明のついている家はかなり少なく、団地そのものは暗い雰囲気だ。

星空の邪魔をしない明るさだ。


「こういうところだと下には繁華街の夜景が

 きれいに見えて上には綺麗な星空が

 見えるのだろうなぁ」


俺は1人の時間が結構好きだ。

ロマンチストではないけど、

屋上や星空の見える誰もいない場所があると

嬉しくなってしまう。


1番苦手なのは夜の海だ。

すべてを飲み込みそうな広大な夜の海には抗えない。夜の海の浜辺だけは恐ろしい。1人でもみんなで行くのも怖いと思ってしまう。


いい場所を見つけたと思った反動で

怖い場所を思い出してしまった。


「怖いこと考えちゃったな。

 せっかくここまできたし、

 もうちょっと上まで上がっていこう」


団地から2〜300m離れたところに公園風の小高い丘が見えた。


(おっ。あそこなら見晴らし良さそうだ。

 行ってみよう)


その小高い丘は何十年も経って、団地の人も減り、さびれた公園になって誰も寄り付かなくなったんだろうなと想像する。

そして小高い丘を登り始める。


その丘を上がるには一つの階段しか見当たらない。ワクワクしながら上がり続ける。


階段を上がり続けると滑り台とブランコの上部が見え始める。


「ほらな、思ったとおり公園風になってた」

想像通りだった光景だったので1人で満足げになっている。


「よし、誰からも遊んでもらえない公園を

 おれが遊んでやろう」


小言を言いながら少しワクワクしている。


最後は階段を一段飛ばしで駆け上がる。


ふわふわした気持ちと感覚で

階段を上がり切った時に無意識に言葉が出てしまう。



「シルさん」



大きくもなく小さくもなく清々しい声だった。




「はい……」




独り言のはずだったのに返事があった……



…………………………………


あとがき


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