第13話「断じて女装は趣味ではない!」




目の前の美青年の顔はグーゼンバウアー公爵令嬢にそっくりだったのだ。


「まだわからない?

 俺がクロリスだよ」


「ええっ……!」


今日一番驚いた!


「俺の本当の名前はクローヴィス。

 クローヴィス・グーゼンバウアーだ」


本名が「クローヴィス」だから女性の姿をしていたときは「クロリス」と名乗っていたってこと??


「グーゼンバウアー公爵れいじょ……いえ令息は、なぜ女装をして学園に通っていたのですか?」


女の子の格好が好きなのかしら?


女の子の服の方がフリルとかリボンとかいっぱいついていて、可愛いものね。


「始めに断っておくけど、俺は女装を趣味でしていたわけじゃないよ。

 その昔、グーゼンバウアー公爵家の男子は短命だったんだ。

 だから十八歳の誕生日までは、女の子として育てることにした。

 俺の場合は学校があったから、卒業するまで女の子として過ごすことになってしまったけどね」


「なるほど、それでグーゼンバウアー公爵令息は女の子の格好をして、学園に通っていたのですね」


女の子にしては背が高いと思っていた。


いつも手袋をしていたのも、夏でも長袖の上着を羽織っていたのも、男性らしい体つきを隠すためだったのね。


私が学園のガゼボでよろけてグーゼンバウアー公爵令嬢に抱きとめられたとき、彼女の胸がぺったんこだったのを不思議に思った。


貧乳なのを気にしていたら可哀想だと思い、そのことには触れずにおいた。


グーゼンバウアー公爵令嬢が女装男子であったのなら、胸がなくて当然ですね。


「ねぇ、その『グーゼンバウアー公爵令息』って呼び方止めてくれない?

 カトリーナによそよそしくされて、さっきから俺すごく寂しいんだけど」


グーゼンバウアー公爵令息が眉を下げる。


そんな捨てられた仔猫みたいな目で見つめないでください!


「ですが先ほどグーゼンバウアー公爵令息も『友達を止めてわたくしとの関係を見つめ直してくれるのは嬉しい』と……」


自分から距離を置こうとした私が言える立場ではないが、あれは結構ショックだった。


「それはね『クロリス』として女の子として築いた関係を止めて、これからは『クローヴィス』として君と新しい関係を築いていきたい、という意味で言ったんだよ」


「えっ?」


「平たく言うと男の子として俺を見てほしい、恋愛対象として俺を認識してほしいってこと」


「ええっ?」


「君に恋する一人の男として、君との関係を再構築したいと思ってるんだ」


「それはつまり……」


グーゼンバウアー公爵令息が私の前に跪いた。


「カトリーナ・ウェルナー伯爵、俺と結婚してください」


「…………!」


グーゼンバウアー公爵令息からの突然のプロポーズに、私は言葉を失った。


「わ、私とグーゼンバウアー公爵令息とでは身分の釣り合いが……!」


筆頭公爵家の長男で、王族の血を引く高貴な方との結婚なんて……!


「そうかな?

 公爵家と伯爵家なら釣り合いが取れてると思うけど」


「いや……しかしですね」


王族の血を引くグーゼンバウアー公爵令息と、一介の伯爵に過ぎない私……身分の釣り合いが取れているのかしら?


「俺はね、カトリーナ。

 女の子の格好で学園に通うのが憂うつだったんだ。

 自分より身分の高い男に媚を売り、表面上は仲良しな振りをしていながら、裏では足の引っ張り合いを繰り返す女性たち。

 俺の身分と外見だけを見て言い寄ってくる男たちに、正直うんざりしていた。

 そんな中幼くして爵位を継いだ君は、領地経営のことを考え熱心に勉学に励み、

 婚約者や異母妹にどんな酷い噂を流されてもそんな噂に屈することなく、

 いつも前を向いて堂々としていた」



「私はただ、子供伯爵、女伯爵と言われ馬鹿にされないように必死になっていただけで……」


「俺はね、そんな君の凛とした姿に惚れたんだよ。

 でも女装して学園に通っていた俺にできることは限られていて、もどかしかった。

 俺にできることは君の友人として、君の話を聞いてあげることだけだった。

 女装して学園に通うのは憂うつだったけど、君とガゼボで過ごすあの時間だけは幸福な気持ちになれた。

 君を助けようとして助けられていたのは俺の方だった」


「そんな!

 私の方こそクロリス……グーゼンバウアー公爵令息にはどれだけ助けられたか!」


浮気者の婚約者、理解力のない父と父の愛人と異母妹、食わせ者の子爵夫妻……そんな人たちを相手にしながら、今日までやってこれたのは、クロリス……グーゼンバウアー公爵令息との癒やしの時間があったからだ。


「婚約者のいる君の側に堂々といられたから、その点だけは女装していたことに感謝かな。

 もちろんあとから不貞を疑われないように、陛下からお借りした影をつけていたよ」


「えっ? 王家の影をつけていたんですか?」


「そうだよ。

 陛下は母に甘いからね」


国王陛下が妹君に甘いという噂は聞いておりましたが、まさかここまでとは。


「カトリーナが俺を受け入れてくれるまで毎日プロポーズするよ。

 まずは異性の友人から始めてくれないかな?」


グーゼンバウアー公爵令息が迷子の仔犬のような悲しげな目で見上げてきた。


だから……! そんな切なそうな顔で見つめないでください!


私の胸がドキドキと音を立ててしまいます。


「では、お友達から」


「そうか、良かった!」


グーゼンバウアー公爵令息が立ち上がり、私の手を握りしめた。


「はじめまして、俺の名前はクローヴィス・グーゼンバウアー。

 公爵家の長男です。

 以後お見知りおきを」


「私の名前はカトリーナ・ウェルナー。

 伯爵家の当主です。

 こちらこそよろしくお願いします」


私はグーゼンバウアー公爵令息の手を握り返した。


「こんなやり取りをあと何回したら、君は俺のことを好きになってくれるのかな?」


「そ、それは……」


実は、学園のガゼボで手を握られたときから、異性であるとは知らずにドキドキしていた……とは口が裂けても言えません。


真っ赤になってうつむいた私を見て、

「その反応は脈があると思っていいかな?」

グーゼンバウアー公爵令息が小首を傾げた。


彼のそんなあどけない表情を至近距離で見せられ、私の胸がバクバクと早鐘を打つ。


美少女だと思っていた親友が、美少年だったなんて詐欺ですわ!!




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