第12話「グーゼンバウアー公爵邸」
卒業パーティから一か月が過ぎた。
全てが片付いた私は、グーゼンバウアー公爵家を訪れていた。
グーゼンバウアー公爵家には、何度か訪れたことがあるけど……やはり大きい。
洗練されたデザインの家具、美しいデザインのシャンデリア、テキパキと働く使用人、掃除の行き届いた室内、手入れの行き届いた庭園……どれをとっても非の打ち所がない。
公爵家の敷地は、おそらく伯爵家の三倍から五倍はある。
改めてそんなすごい家のお嬢様と気軽に話していた事に、今ごろ足が震えてきた。
学生時代って恐ろしいわ、クラスメイトというだけで同じ土俵に立ったと思ってしまうのだから。
己の立場を勘違いして、クロリスに失礼なことをしていないといいけど。
クロリスへのお礼の品として銀のナイフのセットを持ってきた。
シルバー製の物は魔除けの意味がある。ナイフには運命を切り開くという意味がある。
私なりに結構奮発したつもりだったけど、きらびやかな公爵邸を見て気が変わった。
もっと値の張る贈り物を用意すればよかったと後悔している。
屋敷の使用人が、二階にある見晴らしの良いテラスに案内してくれた。
テラスから庭園が一望でき、その壮麗さに息を呑んだ。
「クロリス様は直ぐに参ります。
こちらでお待ち下さい」
使用人に通されたテラスには、美しい花が飾ってあった。
テーブルの上に、アフタヌーンティーセットが用意されている。
三段重ねのケーキスタンドの一段目には苺を使ったケーキが、二段目にはスコーンが、三段目にはサンドイッチが乗っていた。
椅子にかけるように促され、使用人が淹れてくれたアールグレイをいただく。
ベルガモットの爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
お庭の美しさに感動しながらまったりとお茶を頂いていると、
「カトリーナ、ごめんね遅くなって」
背後からクロリスの声が聞こえた。
私は立ち上がり、クロリスに頭を下げた。
「グーゼンバウアー公爵令嬢、その節は大変お世話になりました!
今日はそのお礼を兼ねてこちらに伺った所存です!」
「カトリーナ、顔を上げて。
どうしたの急にかしこまって」
「学生時代はクラスメイトという距離感から、遠慮のない関係を築いてきましたが、
これからは大人として責任のある行動を心がけないといけないと思い至り、
まずは言葉遣いから改めようかと……」
今更遅いかもしれないが、こんな大きなお屋敷のお嬢様と、卒業後も対等な関係を築いて行くなんて無理だ。
「止めてよ。
親友にそんなことを言われたら悲しくなっちゃう」
「ですがグーゼンバウアー公爵令嬢はお美しく、賢く、気品があって、立ち居振る舞いが優雅で……。
きっといつか私の手の届かない所に行ってしまう……」
学生時代、グーゼンバウアー公爵令嬢は病弱なのを理由に縁談を断っていた。
でも、卒業後はそうもいかないだろう。
パーティで他国の王族や皇族に見初められ、求婚されるかもしれない。
そうなったらグーゼンバウアー公爵令嬢は、ますます私の手の届かない存在になってしまう。
少し寂しいけど私と彼女は住む世界が違うんだと、今のうちに自分に言い聞かせておいた方がいい。
「いつまでも学生時代のように、己の身分もわきまえず親しくすることはできません」
「それはわたくしの友達を止めるってこと?」
グーゼンバウアー公爵令嬢の友達を止める……その言葉がズキリと胸に突き刺さる。
私は身勝手だ。自分から距離を置こうとしているのに、彼女の言葉に傷つくなんて。
「……グーゼンバウアー公爵令嬢と私では身分が違います。
いずれはそうなるかもしれません」
「友達を止めてわたくしとの関係を見つめ直してくれるのは嬉しいけど、カトリーナがわたくしから離れていってしまうのは悲しいな」
クロリスは私が友達を止めるのを、嬉しいと思っているのね。
自分から言い出しておいて何だけど、彼女の言葉に少なからず傷ついている自分がいた。
「左様でございますか」
やはり学生でなくなった今、公爵家と伯爵家の身分の隔たりは大きい。
伯爵家の当主である私の方が、公爵令嬢である彼女より身分は上だけど、そんなものは彼女が王族や皇族と婚約したらすぐに逆転してしまう。
彼女の容姿と身分なら、王族や皇族との結婚も夢物語ではないのだ。
「ああ、もうまどろっこしいな!
カトリーナ顔を上げて、俺のことをしっかり見てくれ!」
「えっ?」
いま彼女は自分のことを「俺」って言った?
私は彼女に促され、恐る恐る顔を上げる。
そこには銀色のサラサラした髪を腰まで伸ばした、紫の瞳の麗しい美青年が立っていた。
「グーゼンバウアー公爵令嬢……の、お兄様、ですか?」
彼の顔を見て、もう一つ驚いたことがある。
目の前の美青年の顔はグーゼンバウアー公爵令嬢にそっくりだったのだ。
だが彼はドレスではなく、黒のジュストコールをまとっている。
漆黒のジュストコールは、背が高くスリムな体型の青年によく似合っていた。
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