第15話




 いつの間にか、この家にはわたし一人しかいなかった。さっきまで居たはずの直矢君の姿はどこにも見えない。

 わたしが呆然としている間に帰ってしまったのだろう。思考が完全に停止していて、直矢君が帰ったことに全く気が付かなかった。


 わたし一人しか居ない家で、何をするでもなくただぼんやりとする。

 勉強を始めようとしたのが何時かわからないけど、家に帰ってきたのは4時頃だったはず。時計を見てみると今は5時をちょうど過ぎたあたり。自分が思っているほど時間はたっていないみたいだ。


 そうやって少しずつ頭が回ってきて、視界が開けてくる。すると、急に目頭が熱くなってきた。ジワリと目に涙の膜が張ってくるのがわかる。それを零さないように上を向く。



 分かっていたはず、覚悟はしていたはずだった。だけど、心臓がぎゅうと締め付けられる感覚がする。

 どうやら自分が思っていた以上に直矢君を信頼していたようだ。いや、もしかしたらただわたしの覚悟が足りなかっただけかもしれないけれど。


 どっちにしても、とにかく直矢君の協力は得られないという事実は変わらない。可能性として拒絶されることはちゃんと考えてた。予想していたパターンの中で最悪なパターンだったっていうだけ。

 でも……。



「やっぱり、受け入れてほしかったなぁ……!」


 ずび、と鼻をすする音が響く。瞬きをすると堪えていた涙が頬をつたって零れ落ちる。どうにか止めなければ、と思っても次から次へと溢れてきて止めることができない。


 だって、唯一わたしを受け入れてくれていたのが直矢君だったのだ。両親は拒絶はしないもののこちらに一切関心を向けてくれない。学校ではクラスメイトだけでなく教師からも疎まれ、悪感情を向けられる。


 知らない場所に、たった一人で取り残され周囲から悪意にさらされ続けたわたしにとって、直矢君はまさに心の支えだったんだ。それにずっとあれこれと手助けしてもらって、優しくしてもらってた。自分が気が付かないうちに、わたしにとって直矢君の存在が大きなものになって当然だよね……。



 あぁ、泣いてる暇なんてないのに。泣き止まなきゃ、一秒でも早く戻る方法を探さなきゃ。

 わたしだけでなく直矢君もわたしが帰ることを望んでいるんだから。はやく、帰らなきゃ……。


「ここに、わたしの居場所はないんだから……。」


 声に出すことで改めて認識できる。そうだ、この世界の誰もわたしを望んでなんかいない。誇張でもなんでもなく、それが事実だ。

 でも、向こうの世界ならわたしの居場所もあるし、望んでくれる人はたくさんいるはずだ。うん、そう考えるとちょっとだけ元気が出た。


 手の甲で頬の涙の痕をこする。さっきまで溢れていた涙は、どうにか止まりそうだな。


 直矢君にはっきりと拒絶された今、わたしがここに居ていい理由はなくなってしまった。もう、なりふり構ってなんていられない。勉強のために広げたノートと教科書をそのまま放置し、リビングを出る。


 今まで何だかんだと理由をつけて避けてきてたけど、もう遠慮する必要はない。美紀ちゃんは嫌がるかもしれないけど、そんなことよりもわたしが帰る方法を見つける方が優先だ。



 ガチャリとドアを開けると、すっかりと見慣れた部屋が視界に広がる。もうどこに何があるのか、覚えてしまってる。ただ一か所を除いて。


 わたしの部屋に似てるけど、唯一違う点があの書棚だ。わたしは読書家じゃないし、漫画は大体は友達に借りたり遊びに行ったときに見せてもらったりしてたから、漫画もそれほど持ってない。だから、収納するための書棚は必要がなかった。

 けれど、美紀ちゃんは読書家なのか文庫本がたくさん収納してある。


 タイトルを読むこともなく整然と並べられた文庫本の隙間に、日記らしきノート数冊を適当に収めてある。


 今まで違和感はあったものの気にも留めなかった書棚に近づく。周囲とサイズが違い、かつ手に取りやすい位置に仕舞ってある日記がすぐ目につく。そのまま引っ張り出そうとすると、ノートのすぐ隣にあった本が一冊、ノートにつられて落ちてきてしまった。


 やっちゃった、と思いつつ落とした本を拾い上げ、なんとなく表紙を見る。



「えっ……?これ、西高……?」



 表紙に描かれていたのは、わたしが通っている西桜坂高校西高にそっくりな建物だった


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界人に憑依?しちゃいました 神代雪 @S4kit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ