第13話
しばらく沈黙が流れたが、直矢君は一切引く気がないようだ。きっとわたしが話すまでいつまでも待ち続けるんだろう。
どうにか誤魔化すべきか、すべてぶちまけてしまうべきか。思考がグラグラと揺れ動く。何度か何かを話そうと口を開くも、結局音になることはなく息遣いのみが響くだけだった。
それでも直矢君は、わたしが話すまで根気強く待ってくれた。そんなちょっとした気遣いに、少しだけ勇気づけられた。
ここまでわたし一人で頑張ってきたものの、やっぱり限界がある。帰る方法については今のこの状況を話すことができなかったからわたし一人でやってきたけど、それ以外に関してはたくさん直矢君に助けられてきた。勉強についてもそうだし、日常生活についてもだ。
両親は仕事を
最初こそ直矢君に悪い、迷惑だしと考えていたのに、今ではすっかり頼り切ってしまう程度にはわたしは彼に心を開いていた。
長くはないが短くもない期間彼と関わってきて、彼の優しさも、美紀ちゃんに対する心配する気持ちも間近で見てきた。
だからこそ、直矢君はきっと、わたしの話を信じてくれると思える。だから、あとはわたしが話す勇気を持つだけでいい。たったそれだけだ。
ぎゅうと手を握りこんで、目を閉じて深呼吸をする。
大丈夫、大丈夫。
ゆっくりと自分に言い聞かせる。
「あのね、大事な話があるの。」
わたしの言葉に、わかっているという顔で頷き、無言で続きを促される。
「その、信じてもらえないかもしれないんだけど。」
少しでも恐怖を和らげるための前置きを挟むも、直矢君は何も言わない。
「えっと、実はずっと直矢君のこと騙してたんだけど……。わたし、記憶喪失じゃないの。」
「はっ……?」
さすがに予想外だったのか、目を見開いてキョトリとした表情を見せる。驚いてはいるものの、わたしの話を遮ることはしなかった。もしかしたら驚きすぎて遮れなかっただけかもしれないけど。
「わたし、ね……美紀ちゃん、青沢美紀じゃないの。」
「青沢じゃない……?いや、何言ってんだよ。お前はお前だろ。」
混乱しつつも、どうにか状況を理解しようとしている様子の直矢君。勿論こうなるだろうとは予想できてた。
でも、どうにか彼に味方になってもらわなくては……!
上手く整理して話すことは苦手だけど、それでもどうにか理解してもらおうと言葉を尽くす。
「わたしにもよくわからなくてね。でも、気が付いたら今のこの状況になってたの。わたしの名前は青沢美紀じゃないし、そもそもわたしの居た世界……わたしの中の常識では魔術なんてものはフィクションで、現実には存在しないものなの。だから、多分わたしは全くの別世界に居たけど、何らかの理由でこの体の中に入っちゃったのかな?って考えてる。だけど、こんなこときっと誰にも信じてもらえないだろうと思って、わたし一人で元の世界への帰り方を探してたの。」
なるべく端的に、必要な情報を伝えようと話していると、直矢君が片手をこちらに向けていったん止まるようにジェスチャーをしてきた。もう片方の手は頭を抱えていて、俯く彼の表情はわたしからは見ることができなかった。
「いやいや、待って……。何?別世界?何言っちゃってんの?これまでパラレルワールドが存在するのかって長年研究され続けて、去年そんなものは存在しないって発表されたばっかじゃねーか。あの時は毎日その話題ばっかりだっただろうが。お前も見てただろ?なのに別世界って……。」
「ごめんね、わたしがこの体に入っちゃったのは最近だから、そのニュースは見たことないや。でも、わたしにとってこの世界は全く知らない異世界だから、直矢君達にとってわたしの住んでいた世界はパラレルワールドってことになるんじゃないかな。」
初めての情報だ。この世界では、別世界は存在しないって結論が出てたんだ。
でも、わたしがいるってことは、それは間違ってるってことだよね。だってわたしが住んでた世界とこの世界は、似てるはずなのに全く違うから。
「最近……?お前がその体に入ったっていうのはいつだよ……?」
「一ヵ月とちょっと前だよ。」
「一ヵ月……。」と呟き何かを考えこむように顎に手を添える直矢君。何かをぶつぶつと呟き、やがて何かに気が付いたのか目を見開き「まさか、あの時……?」と呟いたのがやけにはっきりと聞こえた。
「本当はわたし一人の力で帰る方法を見つけて、一刻も早くこの体を美紀ちゃんに返したかったんだけど、何の手掛かりも見つけられなくて……。」
だから帰るための手掛かり探しを手伝ってほしいと、そうお願いをしようとした時、はじかれた様に直矢君は顔を上げ固い声でこちらに問いかけてきた。
「そうだよ、お前がいるなら、美紀は今どうなってんだ?」
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