第12話




 授業が終わり放課後になった。今日は直矢君がうちに来て一緒に勉強をする予定だ。ただ直矢君は部活関係で少し遅れるそうなので、わたしだけ先に帰る予定だ。


 心配性な直矢君は、ただ家に帰るだけなのに「寄り道せずにまっすぐ帰れよ。」なんて小さい子どもに言い聞かせるようにわたしに言うのだ。まぁ、度々わたしが学校帰りに手掛かり探しのためにフラフラと歩きまわってたのが原因だとは思うんだけどね。心当たりがバッチリあるので、わたしは反論せずに忠告を聞き入れます、ハイ……。



 家に帰るまでの通学路も、今ではすっかり見慣れた景色となってしまった。それだけわたしがこの世界に馴染んだ、ということなんだろうけど……。早く帰りたいわたしとしてはあまり嬉しくないことだね。


 雲が見当たらない晴天に、自分と同じく下校途中の生徒が何人か。それ以外の制服を着ていない人だってもちろん居て、遠くから車の走るエンジン音が聞こえる。


 本当に、自分の世界にそっくりだ。違和感なく受け入れてしまうくらいには。よく探してみると、元の世界には存在しなかったものもあるにはある。が、風景に溶け込みすぎて一瞬気が付くことができないのだ。


 キョロキョロと何か変わったことがないかと見回してみるも、昨日や一昨日と変わらない街の風景しか見当たらなかった。





 新しい発見も当然なく、誰も居ない無人のわが家へと帰ってきた。

 両親は平日はいつも朝から晩まで仕事のために家を空けており、土日はたまの休日出勤はあるものの、基本的には部屋から出てこない。どうやら疲れすぎて休日はとにかく惰眠をむさぼりたいようだ。

 まぁ、冷凍やお惣菜を使用しているとはいえ、毎日のお弁当やご飯を用意してくれているので、休日ぐらいはゆっくりしたって罰は当たらないだろう。

 そのせいでわたしと両親との関りが極端に希薄なんだけど、しょうがないよね、ハハハ……。


 部屋について制服からラフな格好へと着替え、飲み物と軽くつまめるお菓子を用意しておく。軽いミーティングだからそんなに時間はかからないって聞いてるけど、どれくらい時間がかかるんだろうね?

 わたしは部活に入ったことないからあんまりイメージできないんだよね。


 考えても仕方がないし、先に勉強して待っていよう。

 お菓子と飲み物を用意したリビングを一度出て再び自分の部屋へ。勉強机に置いたカバンからノートと教科書、筆記用具を取り出す。


 勉強に必要な必要最低限を胸に抱え、部屋を出ようとしたときにチラリと書棚が視界に入る。元の世界のわたしの部屋には存在しなかった家具だから最初は違和感があったのに、今ではすっかり違和感を感じない存在へとなっていたソレ。

 だけど、今ふとその存在が気になったのは、多分あそこに今日授業中に考えていた美紀ちゃんの日記が仕舞ってあるからなんだろう。


 慣れないから、っていうこともあるけど、読書が得意でないわたしは割と意図的にあの書棚を漁るのを避けていた自覚はある。だって、チラリと見た限りでは文庫本ばかりで役に立ちそうなものが見つからなかったからね。わたしが読書が好きだったなら積極的に確認してただろうけど、わたしは活字を見ると眠くなるタイプなのだ。それに読書娯楽に時間を割く余裕はわたしにはなかったからね。


 こうしてグダグダと言い訳を並べてきたけど、いい加減調べた方がいいのかもしれないな。特に日記なんて、普通なら最初に調べるべきなんだろうね。でも、それでもわたしは美紀ちゃんに対する罪悪感の方が強かったので今まで日記を盗み見ることはしなかった。

 今ではむしろ美紀ちゃんの立場を奪い続けているこの状況の方に罪悪感を感じている。

 それならば、一思いに見てしまった方が楽なんだろうなぁ。


 それでも、何故だか他人美紀ちゃんのプライベートを勝手に覗いてしまうことに強い罪悪感と嫌悪感が出てきて、見る勇気が出ないんだけどね……。



 またネガティブな方向に思考を奪われていたところを、頭を振って無理矢理断ち切る。

 もう少しだけ頑張って、それでもどうしてもだめだったら、その時は諦めて日記を見よう。見なくて済むなら見たくないので、今は他にできることを探そう。また言い訳を、誰かに言うでもなく考えた。






「で、今度は何をそんなに思い詰めてるわけ?」

「へ?」


 直矢君がうちに来て、さぁ勉強しよう、となって開口一番にそう問いかけられた。どういう意図なのかが分からず、ポカンと彼を見つめる。

 そんなわたしに呆れたようにため息を吐き、机に肘をついてこちらを見つめ返される。


「あれだけ何度もため息を吐いてりゃ、嫌でも何か悩みがあるってことに気が付くっつーの。お前、6限目だけで18回もため息ついてたぞ。」

「え?!そんなにため息出てた?!というか何でわたしのため息の回数数えてるの!」

「なんとなく気になったから。」


 自分の無意識の行動に驚けばいいのか、直矢君のその鋭さに驚けばいいのか、その意味の分からない行動理由に呆れればいいのか。

 ごちゃごちゃと思考がとっ散らかったわたしを気にすることなく、彼はもう一度「で、どうした?」と問いかけてくる。その瞳からは心配の色が色濃く見られた。


 直矢君は全体的に少しぶっきらぼうな話し方をするが、その実いつも美紀ちゃんわたしを心配する言葉ばかり出てくるのだ。仲が良いからこそこんな話し方なのか、口調とは裏腹にただ根が優しすぎるだけなのか、どっちだろうね。


 わたしを心配しているからこその問いかけなんだろうけど、だからこそ彼には言うことができない。

 直矢君が心配してるのはわたしじゃなくて美紀ちゃん。当然大切に思っているのもわたしじゃなくて美紀ちゃんだ。


 今まであれこれとお世話になったのに、そんなわたしが彼の大切な人を奪っているのだ。まさに恩を仇で返す、って言葉がピッタリだろうな。



 ただ、わたし一人の力では行き詰ってしまっているのも事実だ。

 ならばいっそのこと、直矢君に詳しく事情を説明して、美紀ちゃんを取り戻すための手伝いをしてもらった方がいいのかもしれない。


 彼の心配そうな瞳を見ていると、そんな甘い考えが頭をよぎった。



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