第10話




 わたしが美紀ちゃんとして目覚めたのは初夏だった。でも、今はもうすっかり梅雨も明けて夏真っ盛りの時期になった。

 とにかく情報を集めよう、明日こそは有益な手掛かりが見つかるはず、と過ごしているうちに毎日があっという間に過ぎてしまっていた。一日のほとんどが学校で、空いてる時間は多くがこの世界の常識や魔術についての勉強、合間に数学などの一般科目も勉強して。そしたら手掛かりを探す時間はあまり多く取れなかった。

 元の世界では考えられないような目まぐるしいスケジュールだ。友達と遊ぶ時間なんてありゃしない。……そもそも、仲良くしてくれる子が直矢君だけなんだよなぁ。



 自分はどちらかというと美紀ちゃんとは真逆のポジティブで、楽観的な性格だと自負してる。けど、毎日時間間隔が狂っちゃうような忙しい日々を過ごして、こうやって改めて時間の経過を感じるとさすがに焦りが出てくる。


 元の世界に戻るとき、わたしが居なくなった時期に帰ることが可能なのか?それともわたしがこの世界で過ごしたのと同じだけ、向こうでも時間が過ぎているのか?はたまたこっちとあっちで時間の流れが違って短い、もしくは長い時間が経過しているのか?

 焦れば焦るほど結川麻衣わたしらしくないネガティブな考えが頭に浮かんでくる。


 いやいや、弱気になっちゃだめだ!わたしが諦めちゃったら、本当に二度と帰れなくなってしまう!そうなったらわたしだけじゃなくて美紀ちゃんも困っちゃうはずだ。

 そうやってマイナスな方向に考えが向くたびに気合を入れなおす。

 わたし一人ならまだしも、少なくとも美紀ちゃんにも影響が出ちゃう問題だからね。それに、もし美紀ちゃんが帰ってこなければ直矢君が絶対に悲しむはず。


 美紀ちゃんではなく、わたしと直矢君の関りはまだそんなに長くはない。けど、そんなわたしでも理解できるほど、彼が美紀ちゃんを大切に思っていることが伝わってくる。


 この世界はわたしの世界と違って魔術が日常の中に溶け込んだ世界だ。つまり、個人差はあれど魔術は使えることが前提の世界なのだ。わたしの世界で勉強ができない子が嫌なことを言われたり馬鹿にされたりするように、魔術がうまく扱えないと下に見られてしまう。

 わたしは幸い、直矢君の協力のおかげで魔力を認知することができ、ほんのちょっとだけどコントロールすることができた。でも、本当にちょっとだけ。分かりやすく勉強で例えるなら、定期テストで余裕の赤点を取ってしまうレベルだと思う。


 恐らく、美紀ちゃんは今のわたしと同じで魔力のコントロールが上手ではなく、上手く魔術を使うことができなかったんだと思う。少なくとも、控えめでそこそこ勉強ができる美紀ちゃんがこれだけ周りから馬鹿にされる理由はこれぐらいしか思い当たらない。


 わたしも、高校に入るまでは散々勉強できないことを周囲に揶揄われてきた。頑張ってもテストの点数が上がらず、勉強が嫌いになったりもした。それでも、幼馴染みの涼介くんに助けられ、励まされたおかげで同じ高校に進学できた。そして、大切な友達がたくさんできた。


 正直、美紀ちゃんと自分を重ね合わせている自覚はある。周囲よりも劣っていることがあり、そんな自分を見捨てることなく助けてくれる大切な人の存在。

 むしろ、重ねない方が無理だと思う。


 わたしは今の高校に入って、かけがえのない友達を得ることができて、そのおかげでもう勉強が得意でないことはコンプレックスではなくなった。けど、美紀ちゃんはそうじゃないんだ。そりゃ、助けたいって、何か力になりたいって思っちゃうでしょ!


 だから、絶対に諦めちゃダメなんだ。


 直矢君も、どうにか記憶を取り戻せないかとあれこれ手を尽くしてくれてる。

 思い出深い場所に連れて行ってくれたり、思い出のあるものを見せてくれたり。勉強だけじゃなくて記憶に関してもこれだけ助けてくれてるんだ、きっと直矢君もわたしと同じで、美紀ちゃんに帰ってきてほしいと願ってるはず。


 わたしが居る限り、そんな直矢君の努力は正直意味はないことではある。だって記憶喪失なんかじゃなく、本当は中身が全くの別人なんだから。

 本当はわたしが美紀ちゃんじゃないって話すべきなんだろう。でも、今のわたしにはすべて打ち明ける勇気は持てなかった。だから、今でもわたしは直矢君に嘘をついている。



 はやく、はやく彼に美紀ちゃんを逢わせてあげたい。


 わたしは、どうするべきなんだろう、どうしなきゃいけないんだろう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る